決算公告データ倉庫

いつか、なにかに役立つかもしれない決算公告を自分用に収集し分析コメントを加えてストックしています。自分用のため網羅的ではありませんが、気になる業界・企業等を検索してみてください!なお、引用する決算公告以外の正確性/真実性は保証できません。

#3629 決算分析 : ストームハーバー証券株式会社 第17期決算 当期純利益 68百万円

企業のM&A、大規模な資金調達。こうした企業の命運を左右する取引の裏側には、常に「投資銀行」の存在があります。彼らは金融のプロフェッショナルとして高度なアドバイスを提供しますが、その一方で、巨大な自己勘定部門を持つがゆえに「顧客の利益」と「自社の利益」が相反するのではないか、という構造的な課題も指摘されてきました。

もし、自社の資金を使ったトレーディングや証券引受を一切行わず、ただひたすらに顧客の利益だけを追求する、純粋な”参謀”としての投資銀行があったとしたら――。今回は、2008年の金融危機の「嵐(Storm)」の中、顧客の「安全な港(Harbour)」となるべく設立された、独立系ブティック投資銀行「ストームハーバー証券株式会社」の決算を分析。「利益相反の徹底的な排除」を掲げるユニークなビジネスモデルと、その経営の軌跡に迫ります。

ストームハーバー証券決算

【決算ハイライト(17期)】
資産合計: 349百万円 (約3.5億円)
負債合計: 121百万円 (約1.2億円)
純資産合計: 228百万円 (約2.3億円)
当期純利益: 68百万円 (約0.7億円)

自己資本比率: 約65.3%
利益剰余金: ▲161百万円 (約▲1.6億円)

【ひとこと】
自己資本比率が約65.3%と極めて高い安定性を示す一方で、利益剰余金はマイナス(累積損失)という、興味深い財務状況です。これは、設立当初の厳しい投資フェーズを経て、現在は安定して利益を生み出す筋肉質なビジネスモデルを確立し、過去の損失を解消しつつある、という成長の軌跡を示唆しています。

【企業概要】
社名: ストームハーバー証券株式会社
設立: 2009年7月(前身会社設立)
株主: 株式会社コンコルディア・フィナンシャルグループ、株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス等が参画
事業内容: M&Aアドバイザリー、資金調達アドバイザリーなど、利益相反のない投資銀行業務

www.stormharbour.jp


【事業構造の徹底解剖】
ストームハーバー証券のビジネスモデルは、その設立理念である「利益相反の排除」に集約されます。一般的な大手投資銀行とは一線を画す、ユニークなポジショニングを確立しています。

✔ビジネスモデル:「何をするか」より「何をしないか」
同社の最大の特徴は、一般的な投資銀行が行う業務のうち、顧客との利益相反を生む可能性のある業務を「行わない」と明確に決めている点です。
・行わないこと: 自社の資金を投じて市場で売買を行う「自己勘定取引」や、企業の株式発行などを請け負い販売リスクを負う「証券引受業務」。
・行うこと: 上記を行わないことで、完全に中立・客観的な立場から、顧客企業にとって真に最善となるM&Aや資金調達の戦略を提案する「アドバイザリー業務」に特化しています。彼らは金融商品の”販売員”ではなく、顧客企業の”企業参謀・軍師”なのです。

✔事業領域:「投資銀行サービスの民主化
大手投資銀行のサービスは、主に大企業向けに提供されがちです。ストームハーバー証券は、本来、成長のためにこそ高度な財務戦略を必要としているにもかかわらず、大手銀行のサービスが行き届かない中堅・中小企業(ミッド・スモールキャップ企業)や、IPO(新規株式公開)を目指す企業をメインターゲットとしています。これは、彼らが掲げる「投資銀行サービスの民主化」というビジョンの実践です。

✔収益モデルと株主構成
収益の源泉は、M&Aの成功報酬や、アドバイザリー契約に基づくフィー収入です。自社のバランスシートをリスクに晒さないため、知的資本(=人材)が競争力の源泉となる、典型的なプロフェッショナルファームのビジネスです。2019年には、横浜銀行などを傘下に持つコンコルディア・フィナンシャルグループや、金融ITの雄であるシンプレクス・グループが株主として参画。これにより、地域金融機関の広範な顧客基盤と、先進的な金融技術へのアクセスという、強力な事業基盤を得ています。


【財務状況等から見る経営戦略】
一見すると矛盾して見える財務諸表は、同社の歴史とビジネスモデルの特性を色濃く反映しています。

✔外部環境
東京証券取引所の市場再編以降、多くの上場企業が企業価値向上へのプレッシャーに晒されており、M&Aや財務戦略に関する専門的なアドバイスへの需要は高まっています。特に、ストームハーバー証券がターゲットとする中堅企業市場は、事業承継問題とも相まって、M&Aの活発化が見込まれる巨大なブルーオーシャンです。一方で、M&A市場は景気動向に大きく左右されるため、市況の悪化はディール(案件)の減少に直結するリスクがあります。

✔内部環境
利益相反がない」という明確な理念は、顧客からの信頼を獲得する上で強力な武器となります。また、リーマンショックの最中にグローバルな投資銀行からスピンアウトして生まれたという経緯から、国際的なネットワークと知見を持っている点も大きな強みです。課題は、まだ利益剰余金がマイナスである点ですが、今期に6,800万円の純利益を計上しており、収益性は確実に改善しています。

✔安全性分析
財務の安全性は「非常に高い」と評価できます。自己資本比率が65.3%と極めて高く、経営は非常に安定しています。総資産が3.5億円と非常に小さい「ライトアセット」なバランスシートは、金融商品を抱えず、人的資本で勝負するアドバイザリーファームの典型的な姿です。
最も興味深いのが、利益剰余金がマイナス(▲1.6億円)である点です。これは、設立から事業が軌道に乗るまでの先行投資期間に発生した損失が、まだ残っていることを示しています。しかし、今期にしっかりと利益を出していることから、ビジネスモデルは既に確立され、現在は「過去の投資を回収し、利益を積み上げていくフェーズ」に入っていることが読み取れます。赤字ではなく黒字を出しながら、過去の赤字を解消している健全な状態です。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・「利益相反がない」という、顧客本位で信頼性の高い独自のビジネスモデル
コンコルディアFGやシンプレクスGといった、強力な国内株主との連携
・グローバルな投資銀行出身者による、国際的なネットワークと高度な専門性
自己資本比率65.3%を誇る、極めて安定した財務基盤

弱み (Weaknesses)
・過去の先行投資による、利益剰余金のマイナス(累積損失)
・大手投資銀行と比較した場合の、ブランド認知度や人員規模
・アドバイザリー業務に特化しているため、単一案件の成否が業績に与える影響が大きい

機会 (Opportunities)
東証市場再編やコーポレートガバナンス改革を背景とした、中堅企業のアドバイザリー需要の拡大
・事業承継問題の深刻化に伴う、M&A市場の活性化
・国内株主のネットワークを活用した、新たな顧客層の開拓

脅威 (Threats)
・世界的な景気後退による、M&Aや資金調達市場の冷え込み
・他の独立系ブティックファームや、大手金融機関のアドバイザリー部門との競争激化
・ビジネスの根幹を担う、優秀なバンカー人材の獲得競争


【今後の戦略として想像すること】
収益化のフェーズに入ったストームハーバー証券は、今後、そのユニークな立ち位置を最大限に活用し、事業を拡大していくことが予想されます。

✔短期的戦略
まずは、株主であるコンコルディア・フィナンシャルグループ横浜銀行など)の広範な顧客基盤を足掛かりに、事業承継や成長戦略に悩む優良な中堅企業へのアプローチを強化していくでしょう。地方銀行が抱える顧客の課題に対し、ストームハーバー証券が持つグローバルなM&Aや資金調達のソリューションを提供するという、強力なシナジーが期待できます。

✔中長期的戦略
中長期的には、「中堅企業向け独立系投資銀行」としてのブランドを不動のものにすることを目指すでしょう。実績を積み重ねることで、大手投資銀行がカバーしない領域でのトッププレイヤーとしての地位を確立します。また、シンプレクスとの連携を深め、FinTechを活用した新たなアドバイザリーサービスの開発や、企業のDXと財務戦略を組み合わせたような、より複合的なソリューションの提供も視野に入ってくるかもしれません。


【まとめ】
ストームハーバー証券は、金融危機の”嵐”の中から、顧客本位という羅針盤を手に船出した、挑戦者の物語を体現する企業です。その決算書は、設立当初の苦難(利益剰余金のマイナス)を乗り越え、自己資本比率65%超という強固で筋肉質な経営体質を確立した、現在の力強い姿を映し出していました。「利益相反を排す」という崇高な理念を、現実のビジネスモデルとして成功させつつある同社は、まさに「投資銀行サービスの民主化」を推し進める旗手です。

日本の経済を真に支える中堅企業の成長に寄り添う”企業参謀”として、ストームハーバー証券が今後どのような航海を見せてくれるのか、大いに期待したいと思います。


【企業情報】
企業名: ストームハーバー証券株式会社
所在地: 東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル イーストウィング 19階
代表者: 代表取締役社長 渡邉 佳史
設立: 2009年7月(前身会社設立)
事業内容: 第一種・第二種金融商品取引業M&Aアドバイザリー、資金調達アドバイザリーなど、自己勘定取引や証券引受を行わない、利益相反のない投資銀行業務に特化。

www.stormharbour.jp

©Copyright 2018- Kyosei Kiban Inc. All rights reserved.