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#2906 決算分析 : フェムトディプロイメンツ株式会社 第10期決算 当期純利益 ▲81百万円

これまで不可能とされてきた技術の壁を打ち破り、新たな市場を創造する「ディープテック」スタートアップ。その道のりは、多額の研究開発投資が先行し、製品化や黒字化までには長い年月を要する、まさに茨の道です。しかし、その先には、私たちの社会を根底から変えるような、大きなイノベーションが待っています。大学の研究室で生まれた一つのアイデアは、どのようにしてビジネスとなり、社会実装を目指すのでしょうか。

今回は、従来不可能とされた「水溶液」のテラヘルツ波測定を世界で初めて実現した、岡山大学発のスタートアップ、フェムトディプロイメンツ株式会社の決算を読み解きます。その革新的な技術の裏側にある厳しい財務状況と、世界を変える可能性を秘めた技術の未来に迫ります。

フェムトディプロイメンツ決算

【決算ハイライト(第10期)】
資産合計: 63百万円 (約0.6億円)
負債合計: 264百万円 (約2.6億円)
純資産合計: ▲201百万円 (約▲2.0億円)
当期純損失: 81百万円 (約0.8億円)
利益剰余金: ▲845百万円 (約▲8.5億円)

決算数値は、研究開発型スタートアップの典型的な姿を映し出しています。純資産が約▲2億円と、資産を負債が大きく上回る「債務超過」の状態です。設立以来の損失の蓄積を示す利益剰余金も約▲8.5億円に達しており、当期も81百万円の純損失を計上しています。これは、事業収益がまだ本格化しておらず、外部から調達した資金を研究開発に投資し続けている「先行投資フェーズ」が続いていることを明確に示しています。

企業概要
社名: フェムトディプロイメンツ株式会社
設立: 2015年4月1日
事業内容: テラヘルツ波応用技術の研究開発と、それを用いた液体検査装置(MiMoi SYSTEM)の設計・製造・販売

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【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、独自に開発した世界唯一の画期的な技術を核とする、「液体状態瞬時測定システムの開発・販売」に集約されます。

✔基盤技術「渡部メソッド」
同社の競争力の源泉であり、最大の参入障壁となっているのが、この「渡部メソッド」です。従来、電磁波の一種であるテラヘルツ波は、水に著しく吸収されてしまうため、医薬品や飲料といった「水溶液」の状態を測定することは不可能とされてきました。この技術的常識を覆したのが同社です。空中に約10μm(100分の1ミリ)という極めて薄く均一な液体の膜を形成し、そこに直接テラヘルツ波を透過させるという画期的な手法を確立しました。これにより、これまで誰も見ることができなかった、液体中の分子同士のつながり(分子間相互作用)というミクロな世界の情報を、非破壊で、瞬時に捉えることを可能にしたのです。

✔製品「MiMoi SYSTEM」
この革新的な「渡部メソッド」を具現化したのが、液体状態瞬時測定装置「MiMoi SYSTEM」です。装置本体の製造は国内の大手検査装置メーカーに委託することで、研究開発型スタートアップでありながら高い品質と信頼性を担保しています。このシステムは、単に測定するだけでなく、得られたデータをクラウドで解析し、AI(人工知能)での処理に適した「特徴量」を抽出するソフトウェアまでをワンストップで提供します。

✔ビジネスモデル
装置本体の販売に加え、測定の際に都度必要となるディスポーザブル(使い捨て)の測定キット(消耗品)の販売、そして高度なデータ解析サービスなどが収益源となります。現在は、医薬品、半導体、化粧品、食品など、様々な業界のトップ企業と共同研究開発を進めることで、具体的な応用分野を開拓し、技術の価値を証明している段階です。


【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
医薬品開発における品質管理、半導体製造プロセスで使われる洗浄液の精密な濃度管理、食品や飲料の風味や口当たりの数値化など、様々な産業分野で、より高精度で迅速な液体検査技術へのニーズが高まっています。特に、これまで熟練した研究者の「勘」や「経験」に頼らざるを得なかった、製品の微妙な品質の違いや劣化状態を、客観的なデータとして可視化できる技術は、あらゆる業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させるものとして、非常に大きな市場ポテンシャルを秘めています。

✔内部環境
8.5億円という巨額の累積損失は、すべてがこの革新的な技術を生み出し、磨き上げるための研究開発投資です。貸借対照表の純資産の部を見ると、資本金9,000万円に対し、株主からの出資の蓄積を示す資本準備金が5.5億円以上あります。これは、同社の技術の将来性を高く評価したエンジェル投資家やベンチャーキャピタルなどから、多額の資金調達に成功してきたことを示しています。

✔安全性分析
貸借対照表の数値だけを見れば、深刻な債務超過であり、通常の企業であれば倒産の危機に瀕している状態です。しかし、事業化前の研究開発型スタートアップにとっては、この財務状況は決して珍しくありません。その事業継続性は、会計上の数値ではなく、ひとえに「独自技術の優位性」と「将来の成長期待を背景とした追加の資金調達能力」にかかっています。今後、大手企業との共同研究の成果が実り、本格的な装置の受注につながるか、あるいは、次なる事業拡大のための資金調達ラウンド(シリーズA, Bなど)に成功できるかどうかが、企業の存続と成長の鍵を握ります。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・「渡部メソッド」という、他社が容易に模倣できない世界唯一の独自基盤技術
岡山大学発という、科学的なバックグラウンドと高い技術的信頼性
・医薬品、半導体、食品など、様々な巨大産業への応用が可能な技術のポテンシャルの高さ

弱み (Weaknesses)
・深刻な債務超過と、研究開発投資が先行する継続的な赤字という財務状況
・製品の販売・収益化がまだ本格化しておらず、事業として確立されていない点
・少人数のスタートアップであるため、営業・マーケティング体制が脆弱である可能性

機会 (Opportunities)
・あらゆる産業における、品質管理の高度化・自動化(DX)への強いニーズ
・測定データとAI技術を連携させることによる、新たな解析ソリューションの創出
・医薬品開発や半導体製造といった、付加価値が極めて高い巨大市場への本格参入

脅威 (Threats)
・競合となる、全く異なる原理の新しい液体検査技術の出現
・量産化に向けた製造プロセスの課題や、コストダウンの遅れ
・事業化の遅れによる運転資金の枯渇(資金調達が間に合わない)リスク


【今後の戦略として想像すること】
この革新的な技術を、真のビジネスとして成功させるためには、以下の戦略が考えられます。

✔短期的戦略
現在進めているであろう、様々な業界の大手企業との共同研究開発において、具体的な成功事例を一つでも多く創出し、公表することが最優先です。特定の応用分野(例えば、特定の医薬品の品質管理や、半導体洗浄液の濃度管理など)で、「この検査ならMiMoi SYSTEMでしかできない」という圧倒的な優位性を示し、業界内でのデファクトスタンダードを確立することが目標となります。この初期の導入実績をテコに、業界内での横展開を図り、売上を本格的に立ち上げ、黒字化への道筋をつけることが求められます。

✔中長期的戦略
単なる測定装置メーカーに留まらず、技術のプラットフォーム化を目指すことが期待されます。医薬品、半導体、食品、化学材料など、各応用分野に特化した解析アルゴリズムや基準となるデータベースを構築。これにより、ハードウェアの販売だけでなく、データ解析サービス(SaaSモデルなど)による継続的なストック収益を確立します。将来的には、この「渡部メソッド」という基盤技術そのものを、他の装置メーカーへライセンス供与する形での事業拡大も考えられます。


【まとめ】
フェムトディプロイメンツ株式会社は、岡山大学発のディープテック・スタートアップであり、その決算書は、世界を変える可能性を秘めた技術を世に出すための「産みの苦しみ」を如実に物語っています。債務超過という会計上の数字だけを見れば危機的ですが、その背後には、科学の常識を打ち破った革新的な技術と、その未来を信じる投資家たちの大きな期待があります。この技術が本格的に社会実装されれば、新薬の開発速度を飛躍的に高めたり、半導体の製造歩留まりを劇的に改善したりと、私たちの社会に計り知れないインパクトをもたらす可能性があります。同社がこの「死の谷」と呼ばれる困難な時期を越え、大きく飛躍できるか。日本の科学技術の未来を占う上でも、その挑戦から目が離せません。


【企業情報】
企業名: フェムトディプロイメンツ株式会社
所在地: 〒700-0082 岡山県岡山市北区津島中1-1-1 岡山大インキュベータ 213号
代表者: 代表取締役 社長 渡部 明
設立: 2015年4月1日
資本金: 9,000万円
事業内容: THz(テラヘルツ)波応用技術の研究と社会実装、液体の検査装置(MiMoi SYSTEM)の設計・製造・販売

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