養殖魚の飼料、石鹸、そして未来の飛行機を飛ばすかもしれないジェット燃料。これらの原料が、実はスーパーの魚のアラや、使い古された天ぷら油から生まれているとしたら、驚かれるでしょうか。兵庫県尼崎市に拠点を置く日興油脂株式会社は、まさにそんな魔法のような技術を70年以上にわたって磨き続けてきた、「資源循環のプロフェッショナル」です。「一滴の油脂も無駄にしない」を信条に、捨てられるはずだったものに新たな命を吹き込み、価値ある資源へと生まれ変わらせています。今回は、同社の第57期決算で示された高い収益性と、持続可能な社会の実現に貢献する、そのユニークなビジネスモデルの神髄に迫ります。
決算ハイライト(第57期)
資産合計: 2,647百万円 (約26.5億円)
負債合計: 1,278百万円 (約12.8億円)
純資産合計: 1,368百万円 (約13.7億円)
当期純利益: 227百万円 (約2.3億円)
自己資本比率: 約51.7%
利益剰余金: 1,238百万円 (約12.4億円)
総資産約26.5億円に対し、純資産が約13.7億円、自己資本比率は51.7%と、製造業として非常に健全で安定した財務基盤を誇ります。当期純利益も約2.3億円と高い水準を維持しており、同社のビジネスモデルが、社会的意義と高い収益性を両立させていることを力強く証明しています。12億円を超える利益剰余金は、長年にわたる着実な経営と技術革新の積み重ねの賜物です。
企業概要
社名: 日興油脂株式会社
設立: 1968年
株主: 株式会社創循ホールディングス
事業内容: 動植物油脂精製加工
【事業構造の徹底解剖】
日興油脂の事業は、「一滴も無駄にしない」というコンセプトの下、様々な未利用油脂を価値ある製品へとアップサイクルする、まさにサーキュラーエコノミー(循環型経済)そのものです。
✔事業の柱①:魚油のアップサイクル
日本の食卓に欠かせない養殖魚。その成長を支える飼料には、栄養価の高い魚油が不可欠です。日興油脂は、スーパーや水産加工場で発生する魚のアラなどから抽出された魚油を原料とし、高度な精製技術で不純物を取り除き、高品質な「飼料用添加油脂」を製造しています。魚の未利用資源が、再び魚を育てるための資源へと生まれ変わる。この循環が、日本の水産業を足元から支えています。
✔事業の柱②:工業用油脂への再生
全国の食品工場から出る廃食油や、食肉加工の過程で出る牛脂・ラードなども、同社にとっては貴重な資源です。これらを精製し、石鹸や潤滑油、インクなどの原料となる工業用油脂として、大手化学メーカーなどに供給しています。また、ペットフード用の油脂としても活用されるなど、その用途は多岐にわたります。
✔未来への挑戦:「SAF(持続可能な航空燃料)」原料の供給
近年、同社が特に力を入れているのが、脱炭素社会の切り札として世界的に注目される「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」の原料供給です。廃食油などを原料とするSAFは、従来のジェット燃料に比べ、CO2排出量を大幅に削減できる次世代の航空燃料です。日興油脂は、その精製技術を活かして、廃食油をSAFの原料として供給する事業を開始。空の旅の環境負荷を低減するという、極めて社会的意義の大きな挑戦に取り組んでいます。
✔技術力とグループシナジー
同社の品質を支えるのが、様々な状態の原料油に柔軟に対応できる「バッチ式」という精製方法と、それを使いこなす熟練の技術です。さらに、2023年からは、南九州でレンダリング事業やバイオマス発電を手掛ける南国興産などを傘下に持つ「株式会社創循ホールディングス」のグループの一員となりました。これにより、原料の安定確保から高度な精製、そしてエネルギーの有効活用まで、グループ全体で資源循環のバリューチェーンを完結させる、より強固な体制が築かれました。
【財務状況等から見る経営戦略】
健全な財務内容は、時代のニーズを的確に捉え、着実に成長を続ける同社の経営戦略を裏付けています。
✔外部環境:
SDGsやカーボンニュートラルの実現は、今やグローバルな共通目標です。廃棄物を資源と捉える「サーキュラーエコノミー」への移行は、まさに同社の事業そのものへの強力な追い風となっています。特に、航空業界におけるSAFの導入は、各国で義務化の動きも進んでおり、その原料となる廃食油などのリサイクル市場は、今後爆発的な成長が見込まれています。
✔内部環境:
1951年の創業から70年以上にわたり培ってきた、油脂精製に関する専門技術とノウハウは、他社が容易に模倣できない参入障壁となっています。また、創循グループに加わったことで、グループ企業との連携による原料調達網の強化や、精製過程で発生する副産物(ダーク油)をグループ内のバイオマスボイラーの燃料として供給するなど、シナジー効果を発揮し始めています。これが、新たな成長ステージへの強力な推進力となっています。
✔安定性分析:
自己資本比率51.7%という安定した財務基盤は、経営の自由度と持続可能性を担保します。これにより、原料価格の変動といった外部環境の変化にも柔軟に対応しつつ、SAF原料の供給能力増強や、さらなる精製技術の高度化といった、未来への戦略的投資を、着実に実行していくことが可能です。この財務的な体力があるからこそ、長期的な視点での事業展開が可能となっているのです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・「資源循環・アップサイクル」という、SDGs時代の要請に完全に合致した事業モデル。
・70年以上の歴史で培った、多様な原料に対応できる高度な油脂精製技術。
・SAF原料供給という、将来性が極めて高い成長事業への早期参入。
・創循ホールディングスグループの一員として、原料調達からエネルギー利用まで一貫したシナジーを追求できる点。
・自己資本比率51.7%を誇る、健全で安定した財務基盤。
弱み (Weaknesses)
・事業の根幹が、魚アラや廃食油といった副産物・廃棄物の安定的な発生量と回収網に依存する。
・精製施設特有の臭気など、常に周辺環境への配慮と対策が求められる事業特性。
機会 (Opportunities)
・世界的なSAF需要の急拡大に伴う、原料供給市場の成長。
・企業のESG経営への取り組み強化による、再生原料やリサイクル製品への需要拡大。
・精製技術の高度化による、医薬品や化粧品原料など、より高付加価値な製品分野への進出。
脅威 (Threats)
・廃食油など、価値が高まるリサイクル原料の獲得を巡る、他業種も巻き込んだ競争の激化。
・より厳しい環境規制(排水・排気など)の導入による、設備投資や対策コストの増大。
・国際的な原料価格や、製品市況の大きな変動リスク。
【今後の戦略として想像すること】
静脈産業のキープレイヤーとして、日興油脂はその役割をさらに拡大させていくでしょう。
✔短期的戦略:
まずは、SAF原料の供給体制をさらに強化・拡大し、この巨大な成長市場での地位を確固たるものにすることが最優先です。国内外から高品質な原料を安定的に調達するためのネットワークを拡充し、顧客であるSAFメーカーの要求に応えるための品質管理体制を一層強化していくでしょう。
✔中長期的戦略:
長年培ってきた油脂精製の「匠の技」を、さらに深化させていくことが期待されます。より高度な精製技術を開発し、現在の飼料や工業用原料といった分野だけでなく、例えば医薬品や高機能な化粧品、サプリメントの原料など、さらに付加価値の高いニッチな市場へ挑戦していく可能性があります。創循グループの総合力を活かし、「未利用資源の可能性を極限まで引き出す、アジアを代表するアップサイクル企業」へと進化していく未来が描かれます。
まとめ
日興油脂株式会社は、単に油を精製する会社ではありません。それは、人々が使い終えたもの、食べ残したものに、化学と技術の力で新たな価値を与え、私たちの食卓から、工場、そして未来の空まで、社会の隅々へと再び送り出す「資源の錬金術師」です。決算書に示された高い収益性と健全な財務は、そのビジネスが地球環境と経済合理性を見事に両立させていることの証明です。これからも、日興油脂は「一滴も無駄にしない」の精神で、持続可能な社会の実現に不可欠な役割を果たし続けていくことでしょう。
企業情報
企業名: 日興油脂株式会社
所在地: 兵庫県尼崎市東海岸町1番地83
代表者: 代表取締役社長 小ヶ内 信行
設立: 1968年
資本金: 1,000万円
事業内容: 動植物油脂精製加工
主な取引先: 日油株式会社、三菱商事、三井物産、双日、日清丸紅飼料、フィード・ワン 他