街を走るバスやタクシー、暮らしを支えるスーパーマーケット、物流の動脈となるトラック輸送、そして未来の景観を創る都市開発。岡山という街を歩けば、その至る所で「RYOBI」のロゴを目にします。これら多彩な事業を束ね、明治43年の創立から110年以上にわたり、地域社会の発展と共に歩み続けてきた巨大コングロマリット、それが両備グループです。
今回は、そのグループの中核企業である両備ホールディングス株式会社の決算を読み解きます。「忠恕(ちゅうじょ)=真心からの思いやり」という経営理念のもと、鉄道事業から始まった企業が、いかにして時代の変化を乗り越え、多角化を成し遂げてきたのか。その強さの源泉と、未来のまちづくりへの壮大なビジョンに迫ります。
決算ハイライト(第168期:2025年3月31日現在)
資産合計: 116,631百万円 (約1,166億円)
負債合計: 91,848百万円 (約918億円)
純資産合計: 24,782百万円 (約248億円)
売上高: 31,205百万円 (約312億円)
当期純利益: 1,196百万円 (約12億円)
自己資本比率: 約21.2%
利益剰余金: 21,755百万円 (約218億円)
総資産1,166億円、売上高312億円という圧倒的な事業規模を誇り、当期純利益も約12億円を確保。安定した経営基盤がうかがえます。自己資本比率は21.2%と、一見すると低めに見えますが、これはバス車両や不動産など大規模な固定資産を多く抱える同社の事業特性を反映したものであり、その資産を支える利益剰余金は約218億円と非常に潤沢です。これは、長年の歴史の中で着実に利益を積み上げてきた証左と言えるでしょう。
企業概要
社名: 両備ホールディングス株式会社
創立: 1910年7月31日
経営理念: 忠恕(ちゅうじょ)- 真心からの思いやり
事業内容: トランスポーテーション&トラベル部門、くらしづくり部門、まちづくり部門を中心とした多角的な事業運営
本社所在地: 岡山県岡山市北区下石井二丁目10番12号 杜の街グレース オフィススクエア5階
【事業構造の徹底解剖】
両備ホールディングスの強みは、独立採算性の高い「社内カンパニー制」を敷き、多岐にわたる事業を迅速かつ効率的に運営している点にあります。その事業は大きく3つのセグメントに分類され、それぞれが市民の生活と地域経済に深く関わっています。
✔トランスポーテーション&トラベル部門:社会の動脈を担う祖業
1910年の軽便鉄道事業をルーツとする、両備グループの祖業です。「両備バス」は岡山県民の足として地域交通を支え、「両備トランスポート」は倉庫業や通関業も手掛ける総合物流企業として日本の大動脈を担っています。さらに「両備スカイサービス」は岡山桃太郎空港でANAの総代理店として地上業務全般を担うなど、陸と空の交通・物流を網羅する、まさに社会インフラそのものです。
✔くらしづくり部門:日々の生活に寄り添う多彩なサービス
地域住民の豊かな生活を多角的にサポートする事業群です。スーパーマーケット「リョービプラッツ」やショッピングセンター「Pモール」は、日々の買い物の場として親しまれています。特筆すべきは「両備テクノモビリティーカンパニー」の多様性です。自動車や重機の販売・整備に留まらず、トレーラーの製造、オフィスのセキュリティ、さらにはロボット電子機器開発まで手掛け、法人から個人まで幅広いニーズに応える技術者集団として、くらしのあらゆる場面を支えています。
✔まちづくり部門:未来の景観と価値を創造する
不動産の開発・分譲・賃貸・管理を行う、未来志向の事業です。近年、同社の象徴的なプロジェクトとして注目されているのが、岡山市中心部に誕生した大規模複合施設「杜の街グレース」です。オフィス、商業施設、レジデンス、公園などが一体となったこの施設は、単なる不動産開発ではなく、新たな賑わいと交流を生み出す「まちづくり」そのものです。この成功モデルは、首都圏で不動産事業を展開する「両備不動産東京カンパニー」の活動にも活かされています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
地方都市共通の課題である人口減少や高齢化は、主力の運輸・小売事業にとって長期的なリスクです。また、燃料価格の高騰や、物流・建設業界での深刻な人手不足(2024年問題など)も、コストを圧迫する大きな要因です。しかし一方で、都市の再開発ニーズや、働き方改革を背景としたDX化の需要は、同社の「まちづくり」や「テクノモビリティー」事業にとって大きなチャンスとなっています。
✔内部環境
バス、物流、不動産、小売など、収益構造の異なる事業を複数抱えるコングロマリット経営が、同社の最大の強みです。ある事業が景気や外部環境の変化で落ち込んでも、他の事業がカバーすることで、グループ全体としての経営を安定させることができます。このリスク分散効果に加え、CEO小嶋光信氏を中心とした強力なリーダーシップと、各カンパニーが現場で迅速な意思決定を行う経営体制が、110年を超える歴史の中で幾多の危機を乗り越えてきた原動力と言えるでしょう。
✔安定性分析
自己資本比率21.2%という数値は、同社のビジネスモデルを理解する上で重要です。貸借対照表を見ると、総資産約1,166億円のうち、固定資産が約925億円と8割近くを占めています。これは、バス車両、トラック、船舶、不動産、店舗など、事業運営に巨額の有形資産を必要とする「アセットヘビー」な事業構造であることを示しています。このような構造では自己資本比率は一般的に低くなる傾向にありますが、それを支えているのが約218億円という潤沢な利益剰余金です。この長年の利益の蓄積が、巨大な資産を維持し、新たな大規模投資(「杜の街グレース」など)を可能にする体力を与えているのです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・110年超の歴史で培われた、岡山における圧倒的なブランド力と信頼性
・運輸・小売・不動産など、景気変動に強い多角的な事業ポートフォリオ
・「忠恕」の理念に基づく、地域社会や顧客、社員との強固なリレーションシップ
・「杜の街グレース」に代表される、大規模な都市開発を遂行する企画力と実行力
弱み (Weaknesses)
・主力事業が展開する地方の人口減少や高齢化による、長期的な市場縮小リスク
・多くの有形資産を抱えることによる、資本効率の改善という経営課題
機会 (Opportunities)
・「杜の街グレース」の成功をモデルとした、新たな都市開発・地方創生プロジェクトへの展開
・物流の2024年問題や人手不足を背景とした、高度なロジスティクスサービスや自動化技術への需要
・MaaS(Mobility as a Service)や自動運転など、次世代モビリティ分野への参入
脅威 (Threats)
・燃料価格の継続的な高騰による、運輸事業の収益圧迫
・全国的なドライバー不足や建設技能者不足の深刻化
・EC(電子商取引)のさらなる拡大による、既存の小売事業への影響
【今後の戦略として想像すること】
「忠恕」の精神を核に、両備ホールディングスは今後、各カンパニー間の連携をさらに強化し、総合力で未来を切り拓いていくと考えられます。
✔短期的戦略
「杜の街グレース」を岡山の新たなランドマークとして定着させ、オフィス・商業区画の価値を最大化させることが最優先課題です。運輸事業においては、ドライバーの待遇改善や働き方改革を進めると同時に、運行管理のDX化などで効率性を高め、2024年問題をはじめとする業界課題に対応していくでしょう。
✔中長期的戦略
同社の真骨頂は「まちを総合的にプロデュースする力」にあります。「まちづくりカンパニー」が開発した街に、「トランスポーテーション部門」が快適な交通網を提供し、「くらしづくり部門」が日々の生活を豊かにするサービスを提供する。このようなグループシナジーを最大限に発揮することで、他社には真似のできない、持続可能で魅力的な街を創造していくことが可能です。かつて和歌山電鐵の再建(「たま駅長」で有名)で示したような、公共交通再生の卓越したノウハウを、全国の同様の課題を抱える地方都市へ展開していくことも、大いに期待されます。
まとめ
両備ホールディングスは、バス会社でも、物流会社でも、不動産会社でもありません。それは、「真心からの思いやり」を意味する「忠恕」という理念を事業の隅々まで行き渡らせ、地域社会のインフラをまるごと創造する、他に類を見ない企業体です。
明治、大正、昭和、平成、そして令和へ。1世紀以上の時の流れの中で、鉄道からバスへ、そして運輸、くらし、まちづくりへと、常に社会のニーズを先読みして変化を続けてきました。これからも、岡山の地から日本の未来を見据え、人々の暮らしを豊かにする挑戦を続けていくことでしょう。
企業情報
企業名: 両備ホールディングス株式会社
本社所在地: 岡山県岡山市北区下石井二丁目10番12号 杜の街グレース オフィススクエア5階
代表者: 代表取締役CEO 兼 グループCEO 小嶋 光信 / 代表取締役CSO 兼 グループCSO 松田 敏之
創立: 1910年7月31日
資本金: 4億円
事業内容: バス、運輸、倉庫、通関、空港支援、スーパー、自動車販売整備、不動産開発・分譲・賃貸、建設事業など、社内カンパニー制による多角的な事業運営