「愛の讃歌」「君といつまでも」「恋のバカンス」「恋の季節」。世代を超えて愛され、今もなお多くの人々の心で歌い継がれるこれらの名曲には、一人の偉大な作詞家の魂が込められています。その名は、岩谷時子。越路吹雪のマネージャーとしてキャリアをスタートさせ、シャンソンの訳詞から歌謡曲、そして「レ・ミゼラブル」に代表されるミュージカルまで、日本の音楽史に燦然と輝く数千もの作品を遺しました。
彼女が、日本の音楽界への深い愛情と未来への願いを託して設立したのが、「公益財団法人岩谷時子音楽文化振興財団」です。今回は、この財団の第13期決算を読み解きます。営利を目的としない公益財団法人の決算書からは、一般的な企業のそれとは異なる、その崇高な活動の実態が見えてきます。日本の音楽文化を未来へつなぐという使命を担う財団の、財務の健全性と事業内容に迫ります。

【決算ハイライト(第13期)】
資産合計: 261百万円 (約2.6億円)
負債合計: 1百万円 (約0.01億円)
正味財産合計: 260百万円 (約2.6億円)
正味財産比率: 約99.6%
指定正味財産: 260百万円 (約2.6億円)
一般正味財産: ▲0.1百万円 (約▲6万円)
まず注目すべきは、正味財産比率(一般企業の自己資本比率に相当)が99.6%という極めて高い水準にあることです。これは負債がほとんどなく、資産のほぼ全てが財団の公益目的事業の原資となる正味財産で構成されていることを意味し、財務基盤は極めて健全です。また、正味財産の大部分が、使途が定められた「指定正味財産」であることから、寄付者の意思に基づき、音楽文化振興という特定の目的のために財産が大切に管理・運用されていることがわかります。
財団概要
社名: 公益財団法人岩谷時子音楽文化振興財団
設立: 2009年7月7日
事業内容: 音楽の向上・普及のための表彰(岩谷時子賞)、助成、奨学金給付、および岩谷時子の詩作の承継・振興事業
【事業内容の徹底解剖】
財団の事業は、設立目的である「日本の音楽や芸術の発展・振興」を実現するため、主に3つの公益性の高い活動で構成されています。
✔顕彰事業「岩谷時子賞」
財団の活動の顔とも言える事業です。日本の音楽・芸術文化の向上・発展に大きな功績のあった人物や団体に対し、その功績を讃え「岩谷時子賞」を授与します。過去の受賞者には、作詞家の秋元康氏、作曲家の都倉俊一氏、俳優の市村正親氏、大地真央氏、歌手のJUJU氏、齋藤飛鳥氏など、音楽・エンターテインメント界の第一線で活躍する、錚々たる顔ぶれが並びます。
✔助成・奨励事業
未来の音楽界を担う才能を育成するための、未来への投資とも言える事業です。音楽家を目指す若い才能への「岩谷時子記念奨学金」の給付や、個人・団体が行う創造的な音楽活動への助成金の交付などを行います。日本の音楽文化の土壌を豊かにし、その裾野を広げるための重要な活動です。
✔継承・振興事業
設立者である岩谷時子氏の偉大な功績と、その作品に込められた精神を後世に伝えるための事業です。岩谷時子氏の作品をテーマにした歌謡祭の実施などを通じて、その普遍的な詩の世界観を再評価し、若い世代へと継承していくことを目指しています。
【財務状況から見る財団の運営】
営利企業とは異なる、公益財団法人の財務諸表からは、その使命や運営方針が見えてきます。
✔財産の状況と運用
資産の大部分(約2.6億円)が固定資産で構成されています。これは、財団の公益目的事業を永続的に行っていくための原資となる「基本財産」(多くは有価証券や定期預金など)が、その大半を占めているためと推測されます。財団は、この基本財産の運用によって得られる利息や配当を、毎年の事業活動(「岩谷時子賞」の賞金や助成金など)の主な収入源としています。
✔正味財産の構成と意味
正味財産のほぼ全てが「指定正味財産」(約2.6億円)である点が、この財団の性格を最もよく表しています。指定正味財産とは、寄付者から「岩谷時子賞の賞金として使ってください」「若手育成のための奨学金として役立ててください」といったように、使途を特定して寄付された財産を意味します。財団は、この寄付者の崇高な意思を尊重し、指定された目的にのみ財産を使用する義務を負っています。一方、「一般正味財産」(財団が自由な裁量で使える財産)がごくわずかなマイナスとなっているのは、財団の管理運営費などが、基本財産の運用益やその他の収入をわずかに上回った結果と考えられます。利益追求を目的としない公益財団法人としては、健全な事業運営の範囲内と言えるでしょう。
✔運営の安定性
正味財産比率99.6%という極めて高い比率は、財団の運営が非常に安定的であることを示しています。外部からの借入に頼らない、自己の財産を基盤とした健全な運営が行われています。約2.6億円という潤沢な基本財産がある限り、日本の音楽文化の振興という設立目的を、永続的に果たしていくことが可能です。
【財団を取り巻く環境と役割】
強み (Strengths)
・「愛の讃歌」から「君といつまでも」まで、岩谷時子氏が遺した偉大な功績と、それに連なる音楽界の重鎮たちが理事・評議員として支える、活動の権威と社会的信頼性
・約2.6億円の潤沢な基本財産と、正味財産比率99.6%が示す盤石な財務基盤
・メディアの注目度も高いフラッグシップ事業「岩谷時子賞」の存在
弱み (Weaknesses)
・収入源が基本財産の運用益や寄付に依存するため、金融市場の変動(金利や株価)の影響を受けやすい
・事業内容が音楽・芸術に特化しているため、社会全体の関心が低い時期には活動が注目されにくい側面
機会 (Opportunities)
・クラウドファンディングなど、新たな寄付文化の広がりと、若手アーティスト支援への社会的ニーズの増加
・インターネットやSNSを活用した、財団の活動や岩谷時子作品の魅力の新たな発信方法の確立
・企業のCSR(企業の社会的責任)活動との連携による、新たな寄付や協賛の獲得
脅威 (Threats)
・長期的な低金利環境による、基本財産の運用収益の低下リスク
・音楽の楽しみ方の多様化による、旧来の歌謡曲やミュージカルといったジャンルへの関心の相対的な低下
・経済の停滞による、個人・法人からの寄付活動の停滞
【今後の活動への期待】
✔伝統の継承と革新
「岩谷時子賞」の権威を維持しつつ、ストリーミング時代のヒットメイカーや、新しい表現に挑むミュージカル俳優など、時代を反映した新たな才能を発掘・表彰し続けることが期待されます。また、SNSや動画配信プラットフォームを積極的に活用し、岩谷時子氏の作品の普遍的な魅力を、歌詞の深い解説や、若手アーティストによるカバー動画といった形で新しい世代に届け、その価値を再評価する機会を創出することも重要です。
✔未来への投資の強化
経済的な困難から夢を諦めざるを得ない、才能ある若手音楽家は少なくありません。彼らへの奨学金制度をさらに充実させること、また、地域の音楽活動や、学校での音楽教育プログラムへの助成を拡大することで、日本の音楽文化の裾野を広げる活動に、より一層力を入れていくことが望まれます。
【まとめ】
公益財団法人岩谷時子音楽文化振興財団は、日本を代表する作詞家・岩谷時子氏が遺した、音楽への深い愛情と未来への願いを形にした、日本の音楽界にとってかけがえのない存在です。第13期決算では、正味財産比率99.6%という極めて健全で安定した財務基盤が示されました。
その資産のほぼ全ては、寄付者の崇高な意思に基づき、日本の音楽文化の振興という目的にのみ使われることが定められた「指定正味財産」です。財団は、この約2.6億円の財産を大切に運用し、その収益をもって「岩谷時子賞」による功労者の顕彰や、未来を担う若手音楽家への助成といった、価値ある公益活動を行っています。この財団は、営利企業のように利益を追求する組織ではありません。それは、岩谷時子という一人の偉大な音楽人の遺志を受け継ぎ、日本の音楽文化という灯を未来へと確かに受け渡していくための「文化の守り手」なのです。これからも、その安定した基盤の上で、多くの才能を育み、私たちの心を豊かにする音楽を支え続けていくことが期待されます。
【財団情報】
企業名: 公益財団法人岩谷時子音楽文化振興財団
所在地: 東京都港区六本木六丁目10番1号 六本木ヒルズ森タワー23階
代表者: 代表理事 小林 哲
設立: 2009年7月7日
事業内容: 音楽および芸術の啓発・普及に関する助成事業、「岩谷時子賞」の授与、岩谷時子記念奨学金の給付、音楽関係者の音楽活動に対する助成金の交付、歌謡祭の実施など