決算公告データ倉庫

決算公告を自分用に収集・コメントし保管する倉庫。あくまで自分用であり、引用する決算公告を除き内容の正確性/真実性を保証できない点はご容赦ください。

#4387 決算分析 : ティーセルヌーヴォー株式会社 第4期決算 当期純利益 ▲93百万円

がん治療の世界に革命をもたらした「CAR-T細胞療法」。患者自身の免疫細胞(T細胞)を遺伝子改変し、がんを攻撃する能力を高めて体内に戻すこの治療法は、一部の血液がんに対して劇的な効果を示し、多くの命を救ってきました。しかし、がん患者の9割以上を占める「固形がん」(胃がん、肺がん、食道がんなど)に対しては、いまだ決定的な治療法となっていません。その高い壁に、日本の大学発の最先端技術で挑む企業があります。それが、三重大学の研究成果を社会実装するために設立されたバイオベンチャーティーセルヌーヴォー株式会社です。今回は、固形がん治療のブレークスルーを目指す同社の決算を分析。研究開発型ベンチャーの財務の実態と、その挑戦の最前線に迫ります。

ティーセルヌーヴォー決算

【決算ハイライト(第4期)】
資産合計: 366百万円 (約3.7億円)
負債合計: 21百万円 (約0.2億円)
純資産合計: 345百万円 (約3.5億円)

当期純損失: 93百万円 (約0.9億円の純損失)

自己資本比率: 約94.3%
利益剰余金: ▲337百万円 (約▲3.4億円)

【ひとこと】
研究開発型バイオベンチャーの典型的な財務状況が示されています。製品上市前の段階であるため、当期純損失は約0.9億円、累積損失を示す利益剰余金も約▲3.4億円に達しています。しかし、自己資本比率は94.3%と極めて高く、これは事業が負債ではなく、将来性への期待を反映した多額の資本調達によって支えられている証拠です。

【企業概要】
社名: ティーセルヌーヴォー株式会社
設立: 2021年1月15日
事業内容: 三重大学発の独自技術「Hybrid CAR-T細胞療法」を用いた、固形がんに対するがん免疫療法の研究開発

www.tcellnouveau.com


【事業構造の徹底解剖】
ティーセルヌーヴォー株式会社の事業は、ただ一つ、「固形がんを克服する、日本発の新たなCAR-T/TCR-T細胞療法を創生する」というミッションに集約されます。その中核をなすのが、三重大学 珠玖研究室で長年研究されてきた、世界でもユニークな独自技術です。

✔核心技術「Hybrid CAR-T細胞療法」
既存のCAR-T細胞療法が固形がんに効きにくい大きな理由の一つに、がん細胞が自身の周りに作り出す「免疫抑制的な微小環境」があります。これにより、せっかく体内に入ったCAR-T細胞が疲弊し(老化・活性低下)、攻撃力を失ってしまいます。
ティーセルヌーヴォーの技術は、この課題を克服するために設計されています。

高い特異性: がん細胞の内部に多く存在する特有のタンパク質(MAGE-A4など)を標的とすることで、正常な細胞を傷つけることなく、がん細胞だけを精密に狙い撃ちします。

持続する攻撃力: 同社が特許を持つ独自の細胞内シグナル伝達部分(GITR共刺激シグナル分子)が、CAR-T細胞に強力な"エンジン"を供給。免疫抑制環境の中でも疲弊することなく、増殖し、長期間にわたってがん細胞を攻撃し続けることを可能にします。

✔開発パイプライン
同社は基礎研究の段階に留まっていません。MAGE-A4という抗原を標的としたHybrid CAR-T細胞療法は、すでに食道がんなどの患者を対象とした医師主導治験(第1相/第2相)が進行中です。これは、同社の技術が研究室レベルの有望性だけでなく、実際の患者への応用段階へと進んでいることを意味します。

✔将来を見据えた製造プロセスの開発
CAR-T細胞療法は、患者一人ひとりの細胞を加工して製造するため、非常に高コストで時間がかかることが課題です。同社はこの課題にも着目し、製造プロセスを自動化する装置の開発にも取り組んでいます。これにより、将来的に治療法が承認された際に、より安価で、より迅速に多くの患者へ届けられる体制の構築を目指しています。


【財務状況等から見る経営戦略】
同社の財務諸表は、研究開発型バイオベンチャーの典型的な姿を映し出しています。

✔外部環境
固形がんに対する有効な治療法の開発は、世界中の製薬企業や研究者がしのぎを削る、極めて競争の激しい分野です。しかし、その一方でアンメットメディカルニーズ(未だ満たされていない医療ニーズ)が非常に高く、画期的な新薬が生まれれば、その市場規模は計り知れません。成功すれば莫大なリターンが期待できるため、ハイリスク・ハイリターンの投資マネーが世界中から集まる領域でもあります。

✔内部環境
同社のビジネスモデルは、製品の販売による売上がない現段階において、「研究開発活動そのもの」です。計上されている損失(▲93百万円)は、失敗ではなく、将来の巨大な成功のために不可欠な「投資」です。その投資資金は、金融機関からの借入(負債合計は約21百万円と非常に少ない)ではなく、同社の技術の将来性を評価したベンチャーキャピタルなどからの出資金(資本剰余金が約3.4億円)によって賄われています。この「エクイティファイナンス」中心の資金調達が、研究開発という長期的な活動を支えています。

✔安全性分析
自己資本比率94.3%という数値は、財務が極めて健全であり、倒産リスクが低いことを示しています。短期的な安全性も、流動資産(約3.2億円、その多くが現金と推測される)が流動負債(約0.2億円)を大幅に上回っており、全く問題ありません。現在の課題は「キャッシュ・バーンレート(現金の燃焼速度)」です。年間約0.9億円の損失ペースが続くと仮定すると、現在の流動資産で約3年半の活動が可能です。この期間内に臨床試験で良好なデータを出し、次の資金調達(追加の出資や大手製薬企業との提携など)に繋げられるかが、企業存続の鍵となります。貸借対照表に計上されている「新株予約権(3.4億円)」は、将来の追加資金調達の選択肢が既に準備されていることを示唆しています。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・固形がんの免疫抑制環境を克服しうる、独自性の高い「Hybrid CAR-T」技術
三重大学発という、強固な科学的基盤と信頼性
・主要パイプラインが既に臨床試験段階に進んでいるという開発スピード
・製薬業界や事業開発に精通した経験豊富な経営陣

弱み (Weaknesses)
・製品売上がなく、事業活動が外部からの資金調達に完全に依存している
臨床試験の結果に企業の将来が左右される、極めてハイリスクな事業モデル
・研究開発・臨床試験には莫大な費用と長い時間がかかる

機会 (Opportunities)
・固形がん治療における巨大なアンメットメディカルニーズ
・良好な臨床データが出た場合の、大手製薬企業との大型ライセンス契約やM&Aの可能性
再生医療等製品に対する国の承認審査の優遇制度

脅威 (Threats)
臨床試験が失敗に終わるリスク
・世界中の巨大製薬企業やバイオベンチャーとの熾烈な開発競争
・次なる資金調達が成功する前に、研究開発資金が枯渇するリスク


【今後の戦略として想像すること】
ティーセルヌーヴォーの当面の戦略は、極めて明確です。

✔短期的戦略
現在進行中のMAGE-A4を標的とした臨床試験で、有効性と安全性に関するポジティブなデータを出すこと。これに全精力を注ぐことになります。このデータこそが、企業の価値を飛躍的に高め、次のステージに進むための唯一の鍵だからです。並行して、キャッシュ・バーンレートを適切に管理し、研究開発資金の効率的な使用を徹底します。

✔中長期的戦略
第1相/第2相試験の良好な結果をもって、より大規模な臨床試験へと進むための資金調達(シリーズB、CラウンドやIPOなど)や、開発・販売力を持つ大手製薬企業との戦略的提携を模索します。同時に、MAGE-A4に続く第二、第三のパイプライン(PRAMEなど)の研究開発を進め、企業の持続的な成長基盤を構築していくでしょう。


【まとめ】
ティーセルヌーヴォー株式会社は、単なる営利企業ではありません。それは、創業者の故・珠玖洋先生の遺志を継ぎ、三重大学で生まれた科学の叡智を、がんという難病に苦しむ患者さんに届けることを使命とする、科学者と経営者の情熱の結晶です。決算書に並ぶ「損失」の数字は、その崇高な目標に向けた研究開発への投資の証です。

固形がんに対するCAR-T細胞療法の実現という道のりは、決して平坦ではありません。しかし、その先には、これまで救えなかった多くの命を救うという、計り知れない価値があります。ティーセルヌーヴォーの挑戦は、日本の科学技術の可能性そのものであり、その研究開発の進展を、社会全体で応援していくべきでしょう。


【企業情報】
企業名: ティーセルヌーヴォー株式会社
所在地: 東京都中央区日本橋堀留町1-9-10
代表者: 代表取締役社長 松永 行介
設立: 2021年1月15日
資本金: 500万円
事業内容: Hybrid CAR-T細胞療法を用いた固形がん治療薬の研究開発

www.tcellnouveau.com

©Copyright 2018- Kyosei Kiban Inc. All rights reserved.