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#1642 決算分析 : 株式会社伊藤組 第64期決算 当期純利益 333百万円

札幌駅前の風景を思い浮かべた時、多くの人が目にするであろう、歴史と風格を兼ね備えたオフィスビル群。その中心に立つ「伊藤ビル」や「札幌国際ビル」を手掛け、札幌の発展と共に歩んできた企業があります。その名は「株式会社伊藤組」。北海道を代表する建設会社「伊藤組土建」を中核とするグループの一員として、1世紀以上にわたり、この地のまちづくりを不動産の側面から支えてきました。しかし、その事業は都心の一等地のビル経営だけにとどまりません。北海道内に約2,300ヘクタールもの広大な山林を所有・管理し、さらには道民にお馴染みのケンタッキー・フライド・チキンの店舗経営まで手掛けるという、意外なほど多角的な顔を持っています。

今回は、北海道の歴史そのものとも言えるこの老舗企業、株式会社伊藤組の第64期決算を深く読み解きます。安定した不動産事業を基盤としながら、なぜ山林を育て、フライドチキンを売るのか。決算書に記された数字の裏側から、都市開発と環境保全、そして安定収益事業を巧みに組み合わせる、同社のユニークで堅実な経営戦略と、北海道の未来に向けたビジョンに迫ります。

伊藤組決算

決算ハイライト(令和7年3月期)
資産合計: 12,068百万円 (約121億円)
負債合計: 6,875百万円 (約69億円)
純資産合計: 5,193百万円 (約52億円)

売上高: 7,095百万円 (約71億円)
当期純利益: 333百万円 (約3.3億円)

自己資本比率: 約43.0%
利益剰余金: 4,202百万円 (約42億円)

 

まず決算の全体像を見ると、その卓越した安定性が際立っています。売上高約71億円に対し、経常利益で約2.6億円、最終的な当期純利益で約3.3億円を確保しています。特に注目すべきは、企業の財務健全性を示す自己資本比率が約43.0%と非常に高い水準にあることです。不動産事業は多額の借入金を伴うことが多い中で、この数字は極めて堅実な経営姿勢を物語っています。さらに、創業以来の利益の蓄積である利益剰余金が約42億円にも達しており、長年にわたって安定した経営を続けてきた歴史の重みを感じさせます。

 

企業概要
社名: 株式会社伊藤組
設立: 1961年12月1日
株主構成: 伊藤組土建株式会社を中核とするグループ企業
事業内容: 所有不動産の経営管理、不動産コンサルティング、山林の管理と育成、ケンタッキー・フライド・チキン店舗の経営
代表者: 代表取締役社長 伊藤 美香子
本社所在地: 札幌市中央区北4条西4丁目1番地 伊藤ビル7階

www.itogumi.jp

 

【事業構造の徹底解剖】
株式会社伊藤組の事業は、それぞれが異なる役割を持つ3つの柱によって構成されており、安定性と社会貢献、そして未来への投資を巧みに両立させています。

✔ビル・不動産事業(収益の根幹)
事業の主軸であり、収益の大部分を生み出しているのがこのビル・不動産事業です。JR札幌駅の南北に「伊藤ビル」「札幌国際ビル」「伊藤110ビル」など複数の優良オフィスビルを所有・経営しています。札幌のメインストリートという一等地で、長年にわたり安定した賃貸収入を確保していることが、同社の経営の揺るぎない基盤となっています。近年では、札幌市の「ゼロカーボン推進ビル」に登録されるなど、環境配慮型のビル運営にも注力し、時代のニーズに応えながら、札幌の魅力的なまちづくりに貢献しています。

✔山林事業(100年先を見据えた環境投資)
同社の事業で非常にユニークなのが、この山林事業です。その歴史は古く、創業者である伊藤亀太郎が1906年に山林を取得したことに始まります。現在では北海道内に13箇所、合計約2,300ヘクタールもの広大な山林を所有。これは単なる資産保有ではなく、水源涵養や二酸化炭素の吸収源として地球環境を守るという、明確な目的を持った社会的事業と位置づけられています。適切な間伐や植林を行い、豊かな生態系を育むこの取り組みは、『J-クレジット制度』への登録やコンクールでの受賞など、外部からも高く評価されており、企業のESG経営を象徴する事業となっています。

✔KFC事業(地域に密着した多角化事業)
北海道内でケンタッキー・フライド・チキンのフランチャイズ店舗を複数経営しています。不動産事業とは異なる消費者向けのビジネスを手掛けることで、事業ポートフォリオ多角化と、より安定したキャッシュフローの創出に貢献しています。地域住民の日常に溶け込むこの事業は、都心でビルを経営する顔とはまた違う、同社の親しみやすい一面を表しています。

 

【財務状況等から見る経営戦略】
財務諸表から、同社を取り巻く環境と、その中で光る経営戦略を分析します。

✔外部環境
同社が事業の主戦場とする札幌都市圏は、北海道新幹線の延伸やそれに伴う札幌駅周辺の再開発など、まさに「100年に一度」と言われる大きな変革期を迎えています。これは、優良な不動産を駅前に保有する同社にとって、資産価値の向上や新たなビジネスチャンスに繋がる絶好の機会です。また、世界的なESGへの関心の高まりは、同社が長年続けてきた山林事業の価値を再評価させ、環境貢献企業としてのブランドイメージを向上させています。

✔内部環境
損益計算書を見ると、売上総利益が約8.5億円、そこから販売管理費を差し引いた営業利益が約3.1億円と、本業でしっかりと利益を生み出す力が確認できます。今期は、特別利益が約2.8億円計上されており、これが最終利益を大きく押し上げています。これは、所有不動産の一部売却などによるものである可能性が考えられ、市況の良いタイミングで資産の入れ替えを行い、財務体力をさらに強化するという、巧みな不動産戦略が垣間見えます。

✔安全性分析
自己資本比率43.0%という数字が示す通り、財務の安全性は極めて高いレベルにあります。総資産約121億円のうち、純資産が約52億円と厚く、有利子負債への依存度が低いことを示しています。約42億円の潤沢な利益剰余金は、将来の再開発投資や新規事業への挑戦を可能にする十分な体力を有していることの証明です。歴史ある企業でありながら、保守的なだけでなく、攻めの投資も可能な財務基盤を維持している点が大きな強みです。

 

SWOT分析で見る事業環境】
これまでの分析を踏まえ、同社の事業環境を「強み・弱み・機会・脅威」の4つのフレームワークで整理します。

強み (Strengths)
・札幌駅前の一等地に複数の優良ビルを所有する、圧倒的な資産力。
・100年以上にわたる山林経営など、ESG/SDGsに直結する事業実績とブランドイメージ。
・建設を担う「伊藤組土建」との強力なグループシナジー
・高い自己資本比率と潤沢な利益剰余金が示す、盤石な財務基盤。
・不動産、林業フランチャイズ多角化された安定的な事業ポートフォリオ

弱み (Weaknesses)
・事業エリアが札幌都市圏に集中しており、地域経済の動向に業績が左右されやすい。
・所有ビルのいくつかが築年数を重ねており、将来的に大規模な修繕や再開発投資が必要となる。

機会 (Opportunities)
北海道新幹線の札幌延伸と、それに伴う札幌駅周辺の大規模再開発。
・インバウンド観光の回復・成長による、オフィスや店舗のテナント需要の増加。
・J-クレジット制度など、山林事業を通じてカーボンニュートラルに貢献し、新たな収益源とできる可能性。

脅威 (Threats)
金利の上昇局面において、将来的な不動産開発時の借入コストが増加するリスク。
・札幌都市圏におけるオフィスビルの供給過多による、賃料相場の下落や空室率の上昇リスク。
少子高齢化や人口減少という、北海道が抱える長期的な構造課題。

 

【今後の戦略として想像すること】
このSWOT分析を踏まえると、伊藤組は伝統を守りながらも、時代の変化を捉えた積極的な戦略を描いていると推察されます。

✔短期的戦略
まずは、札幌駅前の再開発の波に乗り、所有ビルの価値を最大化していくことが最優先課題です。テナント構成の見直しやリニューアルを通じて、収益性をさらに高めていくでしょう。並行して、KFC事業で安定的なキャッシュフローを確保し、財務基盤をより強固なものにしていくと考えられます。

✔中長期的戦略
最大の焦点は、札幌駅周辺の再開発にどのように関わっていくかです。築60年を超える「伊藤ビル」をはじめとする自社ビルを、単独または周辺の地権者と共同で、次世代のランドマークへと建て替えるプロジェクトが視野に入っていることは想像に難くありません。また、山林事業をさらに発展させ、カーボンクレジットの販売などを通じて本格的な収益事業へと育てていくことも、企業の新たな成長エンジンとなり得ます。長年培ってきた「まちづくり」と「環境保全」のノウハウは、同社にしか描けない未来戦略の核となるでしょう。

 

まとめ
株式会社伊藤組は、単に札幌駅前の一等地にビルを所有する不動産会社ではありません。それは、都市の成長を見守り、豊かな自然を次世代に引き継ぎ、そして人々の日常にささやかな楽しみを提供する、北海道の歴史と共生する企業です。第64期決算は、約3.3億円の純利益と43.0%という高い自己資本比率で、その経営の安定性と健全性を見事に示しました。

これから始まる札幌駅周辺の再開発という大きな時代のうねりの中で、同社がどのような役割を果たしていくのか。100年以上にわたり培ってきた信頼と資産を元手に、伊藤組が描く「まちづくり」と「森づくり」の未来像は、北海道全体の未来を占う上でも、非常に大きな注目を集めています。

 

企業情報
企業名: 株式会社伊藤組
所在地: 札幌市中央区北4条西4丁目1番地 伊藤ビル7階
代表者: 代表取締役社長 伊藤 美香子
設立年月日: 1961年12月1日
資本金: 9億2,600万円
主な事業内容: 所有不動産の経営管理、不動産コンサルティング、山林の管理と育成、ケンタッキー・フライド・チキン店舗の経営

www.itogumi.jp

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