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#2341 決算分析 : 株式会社先端技術共創機構 第4期決算 当期純利益 ▲87百万円

日本の大学や公的研究機関には、AI、ロボティクス、新素材、ライフサイエンスなど、世界をリードする可能性を秘めた「先端技術のシーズ(種)」が数多く眠っています。しかし、その多くは論文発表という形で結実するものの、実社会で製品やサービスとして花開く前に、事業化の過程にある深い溝、いわゆる「死の谷」に阻まれてしまうのが実情です。この構造的な課題を乗り越え、日本の知の財産を次世代の産業競争力へと転換するには何が必要なのでしょうか。この極めて重要かつ困難な課題に、正面から取り組む企業があります。それが、日本の知の拠点・東京大学のお膝元である本郷に本社を構える、「株式会社先端技術共創機構(ATAC)」です。

今回は、日本を代表するプロフェッショナルファーム・経営共創基盤(IGPI)を母体に、設立4期目を迎えた同社の決算を読み解き、日本の未来を創造するそのユニークなビジネスモデルと財務戦略に迫ります。

先端技術共創機構決算

【決算ハイライト(第4期)】
資産合計: 1,025百万円 (約10.3億円)
負債合計: 74百万円 (約0.7億円)
純資産合計: 950百万円 (約9.5億円)

当期純損失: 87百万円 (約0.9億円)

自己資本比率: 約92.8%
利益剰余金: ▲259百万円 (約▲2.6億円)

まず決算数値で目を引くのは、自己資本比率が約92.8%という傑出して高い水準にある点です。総資産約10.3億円の大部分を返済不要の自己資本で賄っており、財務基盤は盤石そのもの。これは、主要株主であるIGPIグループの強力なコミットメントと、同社が推進する事業への高い期待を明確に示しています。その一方で、利益剰余金は2.6億円のマイナス(累積損失)となっており、当期も87百万円の純損失を計上しています。これは、事業の本格的な収益化に向けた研究開発支援や体制構築に資金を投じている先行投資フェーズであることを物語っており、今後の成長戦略が注目されます。

企業概要
社名: 株式会社先端技術共創機構 (ATAC)
設立: 2021年4月1日
株主: 株式会社IGPIグループ
事業内容: 大学等の先端技術シーズの事業化を支援するインキュベーション企業。産学官連携のハブとなり、研究開発からスタートアップ設立、事業化までを伴走支援する。

igpi-atac.co.jp

 

【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、「新しい技術・イノベーションを連続的・発展的に起こすスパイラルを創り出すことで、日本の科学技術の競争力を向上させ、より豊かな社会を創出する」という壮大なビジョンのもと、技術イノベーションのエコシステムそのものを構築することにあります。

✔大学・研究機関への伴走支援(技術の「種」を見つけ、育てる)
事業の起点は、大学の研究室に眠る技術シーズの発掘です。同社は、東京大学東京工業大学産業技術総合研究所産総研)など、日本の頭脳とも言えるトップクラスの大学・研究機関と広範な連携ネットワークを構築。その中から世界を変える可能性を秘めた技術を見出し、研究者が事業化という次のステップに進むための最初の支援を行います。具体的には、事業化に向けた研究開発の推進、知財戦略の策定、共同研究パートナーのマッチングなどを通じて、研究成果が「死の谷」を越えるための橋渡しをします。

✔スタートアップへのインキュベーション(「種」から「芽」を出す)
有望な技術シーズを基にした大学発・研究開発型スタートアップの設立と経営を、ゼロから全面的に支援します。事業計画の策定、シードマネーの供給や外部からの資金調達支援、専門人材の採用、さらには経理や法務といったバックオフィス業務のサポートまで、研究者や起業家が事業そのものに集中できる環境をワンストップで提供。母体であるIGPIグループが培ってきた経営ノウハウを惜しみなく投入する、ハンズオンでの経営支援が最大の強みです。

✔大企業へのオープンイノベーション支援(「芽」を育てる土壌をつくる)
自前主義での研究開発に限界を感じ、外部の革新的な技術やアイデアを求める大企業に対し、大学やスタートアップとの協業をプロデュースします。企業のニーズに合った技術シーズの探索から、共同研究や技術提携のアレンジ、スタートアップへの出資やM&Aの支援まで、企業のオープンイノベーション戦略を加速させるパートナーとしての役割を担います。

 

【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
現在、政府は「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、大学発スタートアップの創出や大企業とのオープンイノベーションを国策として強力に推進しています。この政策的な追い風は、まさに同社の事業領域そのものであり、大きな事業機会となっています。また、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)が全ての企業の経営課題となる中、その解決策となる革新的な先端技術への需要は日に日に高まっています。

✔内部環境
同社の財務は、典型的なインキュベーション事業の先行投資モデルです。事業の成果が、支援先スタートアップの上場(IPO)やM&Aによる株式売却益(キャピタルゲイン)といった形で結実するまでには、5年から10年、あるいはそれ以上の長い時間を要します。現在の純損失や累積損失は、この事業モデルでは必然のプロセスと言えます。最も重要なのは、その長期間の活動を支える強固な財務基盤です。資本金1億円に対し、資本剰余金が約11億円と巨額であることは、設立時に株主であるIGPIグループから、長期的な視点で事業を推進するための十分な資金が供給されたことを示しています。この潤沢な自己資本が、目先の利益に惑わされず、真に価値のある技術をじっくりと育てるという同社の事業戦略を可能にしているのです。

✔安全性分析
自己資本比率92.8%という数値が示す通り、財務の安全性は極めて高く、倒産リスクは皆無に近いと言えます。負債はわずか約0.7億円に抑えられており、経営の自由度は非常に高い状態です。約9.5億円にのぼる潤沢な流動資産は、当面の事業運営費を賄うだけでなく、有望な技術シーズやスタートアップへ機動的に投資を実行するための軍資金となります。課題は、この潤沢な資金をいかに有効に活用し、将来の大きなリターンに繋がる投資を実行できるか、そして先行投資フェーズから収益化フェーズへと事業を移行させていけるかにあります。

 

SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
経営共創基盤(IGPI)という強力なバックボーンと、その卓越した経営ノウハウ・広範なネットワーク。
・日本のトップ研究機関との強固な連携体制による、質の高い技術シーズへのアクセス。
・長期的な視点で深く伴走する、独自のインキュベーションモデル。
・先行投資期間を支える、自己資本比率92.8%という盤石の財務基盤。

弱み (Weaknesses)
・インキュベーション事業の性質上、投資の成果(収益)が出るまでに長期間を要すること。

機会 (Opportunities)
・政府によるスタートアップ支援や大学発イノベーション創出の強力な政策的後押し。
・大企業によるオープンイノベーションの加速と、外部先端技術への需要増大。
・AI、量子、ライフサイエンスなど、日本が強みを持つディープテック領域での技術革新の進展。

脅威 (Threats)
・国内外のベンチャーキャピタルインキュベーターとの、有望な技術シーズや起業家人材の獲得競争。
・景気後退局面における、企業の研究開発投資やスタートアップへの投資意欲の減退。

 

【今後の戦略として想像すること】
この事業環境と財務状況を踏まえ、同社が今後どのような戦略を描いていくか、以下のように想像します。

✔短期的戦略
まずは、連携する大学・研究機関のネットワークをさらに拡大し、有望な技術シーズを発掘するためのパイプラインを強化・拡充していくでしょう。同時に、既存の支援先スタートアップの事業成長を加速させ、一つでも多くの成功事例を創出することに注力します。目に見える成功事例こそが、次の有望な研究者や起業家を惹きつける何よりの広告塔となるからです。

✔中長期的戦略
中長期的には、支援したスタートアップのIPOや大手企業へのM&Aといった形で、投資の成果を本格的に回収するフェーズを目指します。そこで得られたキャピタルゲインを、新たな技術シーズや次世代のスタートアップに再投資することで、同社がビジョンとして掲げる「技術イノベーションの循環」を本格的に回し始めます。最終的には、単独の企業を支援するだけでなく、複数の支援先企業を連携させ、新たな産業クラスターを形成するような、より大きな視点でのエコシステムビルダーとしての役割を担っていくことが期待されます。

 

【まとめ】
株式会社先端技術共創機構(ATAC)の決算は、先行投資による計画的な損失を計上する一方で、その壮大なビジョンを支えるに足る、自己資本比率92.8%という盤石の財務基盤を示していました。同社は、単なるコンサルティング会社や投資会社ではありません。それは、日本の知の源泉である大学と、社会を変革する力を持つ産業界とを繋ぎ、未来のイノベーションを育む「苗床」そのものです。「死の谷」を越え、一つの技術が社会で花開き、豊かな果実を実らせるまでには、長い時間と多大な労力、そして何より揺るぎない情熱が必要です。経営共創基盤(IGPI)のDNAを受け継ぐ同社が、日本の科学技術の未来を拓くゲームチェンジャーとなることを大いに期待したいと思います。

 

【企業情報】
企業名: 株式会社先端技術共創機構
所在地: 東京都文京区本郷六丁目25番14号 宗文館ビル3階
代表者: 川上 登福, 古澤 利成
設立: 2021年4月1日
資本金: 100,000千円
事業内容: 先端技術のインキュベーション(大学・研究機関、スタートアップ、企業への研究開発・事業化支援)
株主: 株式会社IGPIグループ

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