スマートフォンから流れるお気に入りの音楽。今や私たちの生活に欠かせないものとなった音楽サブスクリプションサービスですが、その市場は世界的な巨大企業がひしめく熾烈な競争環境にあります。そんな中、日本で最も普及しているコミュニケーションアプリ「LINE」との強力な連携を武器に、独自のポジションを築いているのが「LINE MUSIC」です。今回は、LINE、ソニー・ミュージック、エイベックスという異色のタッグによって生まれたLINE MUSIC株式会社の決算を読み解きます。単なる音楽配信サービスに留まらず、プロフィールBGM設定やカラオケ機能、ファンによる「推し活」支援まで、若者カルチャーを巧みに取り込み成長を続ける同社の経営戦略と、激戦区で利益を上げ続ける財務の力強さに迫ります。

決算ハイライト(第12期)
当期純利益: 1,692百万円 (約16.9億円)
資産合計: 13,842百万円 (約138.4億円)
負債合計: 7,165百万円 (約71.7億円)
純資産合計: 6,677百万円 (約66.8億円)
自己資本比率: 約48.2%
利益剰余金: 5,067百万円 (約50.7億円)
まず注目すべきは、競争の激しい音楽サブスクリプション市場において、16.9億円という多額の当期純利益を確保している点です。これにより、これまでの利益の蓄積である利益剰余金は約50.7億円まで積み上がっています。自己資本比率も約48.2%と健全な水準を維持しており、安定した経営基盤の上で、着実に収益を上げていることが分かります。LINEという強力なプラットフォームを背景にした、独自のビジネスモデルの強さが財務数値にも明確に表れています。
企業概要
社名: LINE MUSIC株式会社
設立背景: LINE株式会社、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント、エイベックス・デジタル株式会社の3社共同出資
事業内容: 定額制音楽配信サービス「LINE MUSIC」の運営
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、定額制音楽配信サービス「LINE MUSIC」の運営に集約されます。しかしその実態は、音楽を「聴く」という中核体験を軸に、日本の生活に深く根付いたLINEアプリとの連携を最大限に活かし、コミュニケーションとエンターテインメントを融合させた多機能なプラットフォームビジネスです。
✔音楽・映像配信事業
1億曲を超える楽曲の聴き放題と、高画質なミュージックビデオの見放題がサービスの基本です。最新のヒット曲から往年の名曲までを幅広く網羅し、ユーザーの再生履歴などから好みを分析して、おすすめの楽曲やプレイリストを提案するレコメンデーション機能も充実しています。
✔LINE連携機能
同社の最大の武器であり、グローバルな競合サービスとの明確な差別化要因となっています。
・プロフィールBGM/LINE着うた®: 自分のLINEアカウントのプロフィール画面で好きな楽曲を再生させたり、無料通話の着信音・呼出音に設定できる機能。単に音楽を聴くだけでなく、自己表現やコミュニケーションのツールとして、特に若年層に強く支持されています。
・楽曲シェア: 気に入った曲や自作のプレイリストを、LINEの友だちやグループトークに簡単に共有できます。これにより、音楽を起点としたユーザー間の自然なコミュニケーションを促進しています。
✔エンターテインメント機能
「聴く」以外の多様な音楽の楽しみ方を提供し、ユーザーのサービス利用時間を最大化しています。
・カラオケ機能: 好きな楽曲をボーカルオフにして、歌詞を見ながらカラオケとして楽しめる機能。音程バーや採点機能も搭載し、"歌う"楽しみを提供します。
・My推し機能: 好きなアーティストを「推し」として登録し、そのアーティスト専用のページで最新情報や限定コンテンツを楽しめる機能。「推し活」が一般化した現代のファン心理を捉え、エンゲージメントを高めています。
・独占生配信: アプリ内で特定のアーティストのライブやスペシャルイベントを無料で独占生配信することもあり、音楽ファンにとっての付加価値を高めています。
✔付加サービス
・LINEスタンプ プレミアム連携: 有料プランのユーザーは、追加料金なしで1,200万種類以上のLINEスタンプが使い放題になるという、LINEグループならではの強力なインセンティブを提供し、有料プランへの加入と継続を促しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
音楽サブスクリプション市場は、Spotify、Apple Music、Amazon Musicといったグローバルな巨大プラットフォーマーが巨額の投資を行い、覇権を争う極めて競争の激しい市場です。各社が独占配信コンテンツやポッドキャスト、お得な料金プランでしのぎを削る中、いかに新規ユーザーを獲得し、そしていかに継続して利用してもらうか(リテンション率の向上)が経営の最重要課題です。また、ビジネスの根幹である楽曲の権利を保有するレコード会社や音楽出版社とのライセンス料の交渉も、収益性を大きく左右する重要な要素です。
✔内部環境
月間9,700万人以上(2024年時点)が利用する国民的アプリ「LINE」という、他のどのサービスも持ち得ない巨大なユーザー基盤が、何よりの強みです。LINEアプリ内からシームレスにサービスを訴求・誘導できるため、他のサービスに比べて新規ユーザーの獲得コストを低く抑えられる可能性があります。さらに、プロフィールBGM機能などをフックに、普段あまり能動的に音楽を聴かないライトユーザー層も取り込める点が非常にユニークです。また、LINE、ソニー・ミュージック、エイベックスという3社の共同出資という設立背景も、人気アーティストの楽曲確保や共同でのプロモーション展開において、有利に働いていると推測されます。
✔安全性分析
自己資本比率が48.2%と健全な水準にあり、財務的な安定性は十分に確保されています。負債の多くは流動負債であり、これは音楽配信サービスというビジネスモデル上、楽曲の権利元であるレコード会社等への、将来支払うべきロイヤリティ(未払金)などが中心と推測されます。50億円を超える利益剰余金を保有していることは、将来のシステム投資や新たなコンテンツの獲得、大型プロモーションなどを、外部からの借入に頼らず自己資金で賄えるだけの体力を示しており、激しい競争環境を勝ち抜くための十分な備えがあると言えます。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・月間9,700万人超が利用する国民的アプリ「LINE」とのシームレスな連携と、そこから得られる強固なユーザー基盤。
・プロフィールBGMやLINE着うた®設定など、音楽を自己表現ツールとして活用できる独自の付加価値。
・ソニー・ミュージック、エイベックスという日本の音楽市場を代表する大手レコード会社が出資者であり、楽曲調達やプロモーションで強力な協力関係にあること。
・有料プランの魅力を高める「LINEスタンプ プレミアム」との連携という、他社には模倣困難なユーザーインセンティブ。
弱み (Weaknesses)
・Spotifyなどのグローバルな巨大プラットフォーマーと比較した場合の、海外展開やオリジナルコンテンツ制作における資金力や規模の差。
・事業の根幹がLINEのプラットフォーム戦略に大きく依存しており、LINEの方針転換が経営に影響を及ぼす可能性がある点。
機会 (Opportunities)
・TikTokなどのショート動画プラットフォームでの楽曲利用が一般化したことによる、音楽への接触機会の全世代的な増大。
・「推し活」市場のさらなる拡大と、それをアプリ内でサポートする「My推し」機能などの強化による、ファンの囲い込み。
・AI技術の進化を活用した、より高度でパーソナルな楽曲レコメンデーション機能や、自動プレイリスト生成機能の開発。
・実際のライブやオンラインイベントとの連携を強化することによる、オンラインとオフラインを融合させた新たな音楽体験の提供。
脅威 (Threats)
・Spotify、Apple Music、YouTube Musicといったグローバル巨大資本との、熾烈なユーザーシェア争いと、それに伴うプロモーション費用の増大。
・YouTubeなど、無料でも多様な音楽コンテンツを楽しめるプラットフォームとの、ユーザーの可処分時間の奪い合い。
・楽曲の権利を保有する国内外のレコード会社とのライセンス料(楽曲使用料)の高騰リスク。
・流行の移り変わりが極めて速い若年層のトレンドに乗り遅れてしまうリスク。
【今後の戦略として想像すること】
競争が激化する市場で勝ち残るため、独自の強みをさらに活かした戦略が予想されます。
✔短期的戦略
LINEエコシステム内での連携をさらに深化させることが最優先事項です。例えば、LINEのオープンチャット機能と連携して特定のアーティストのファンコミュニティをアプリ内で活性化させたり、LINE VOOM(ショート動画プラットフォーム)での限定コンテンツ配信やプロモーションを強化するなど、LINEユーザーの体験価値を向上させることで、解約率の低下と新規ユーザーの獲得を図ることが考えられます。また、PayPayポイントが当たるキャンペーンなど、LYPプレミアム(旧Zホールディングスグループ)との連携施策も継続的に行うでしょう。
✔中長期的戦略
「聴く」以外の体験価値の創造が、持続的成長の鍵となります。すでに実装されているカラオケ機能や「My推し」機能のさらなる強化はもちろん、将来的にはメタバース空間でのバーチャルライブや、アーティストとファンが直接交流できるオンラインイベントの開催など、LINE MUSICでしか体験できない独自のデジタルコンテンツを拡充していくことが予想されます。また、蓄積された膨大なユーザーの再生データをAIで解析し、次世代のヒット曲やアーティストを発掘・育成する、新しい形のレーベルや音楽出版社のような機能を持つことも視野に入ってくるかもしれません。
まとめ
LINE MUSIC株式会社は、群雄割拠の音楽サブスクリプション市場において、「音楽×コミュニケーション」という独自の切り口で、日本のユーザー、特に若年層に深く浸透し、確固たる地位を築いています。その最大の武器は、言うまでもなく国民的アプリ「LINE」との深く、そして巧みな連携です。プロフィールBGMやスタンプ使い放題といったユニークな機能でユーザーの心を掴み、安定した収益基盤を構築していることが、今回の決算から明確に見て取れました。自己資本比率48.2%、当期純利益16.9億円という健全な財務数値は、その戦略が成功している何よりの証左です。今後は、この強みをさらに磨き上げるとともに、「推し活」支援やカラオケ機能など、「聴く」だけではない多様なエンターテインメント体験を提供することで、グローバルな巨人たちとは異なる土俵で、ユーザーにとってなくてはならないプラットフォームへと進化していくことが期待されます。
企業情報
企業名: LINE MUSIC株式会社
所在地: 東京都千代田区紀尾井町1番3号
代表者: 代表取締役 舛田 淳
設立背景: LINE株式会社、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント、エイベックス・デジタル株式会社の3社共同出資
事業内容: 定額制音楽配信サービス「LINE MUSIC」の運営