1911年(明治44年)の創業以来、1世紀以上にわたり日本の出版文化を「製本」という形で支え続けてきた老舗、共同製本株式会社。同社の第127期(2024年12月期)決算が、2025年6月16日付の官報に掲載されました。2024年に複数のM&Aを敢行し、単なる製本会社から「企画・印刷・製本までの一貫生産」を手掛ける総合サービス企業へと、歴史的な大変革を遂げた同社。その変革の只中にある経営状況と、未来に向けた戦略を掘り下げます。 ![]()

第127期 決算のポイント(単位:百万円)
資産合計: 2,962百万円 (約29.6億円)
負債合計: 990百万円 (約9.9億円)
純資産合計: 1,968百万円 (約19.7億円)
当期純損失: 255百万円 (約2.6億円)
今回の決算では、当期純損失として255百万円(約2.6億円)が計上されました。これは、2024年に実施された成旺印刷株式会社の吸収合併や、飯島製本株式会社の一部事業承継といった、大規模な組織再編に伴う一時的な費用(PMIコスト)が発生したことが主な要因と強く推察されます。未来の成長に向けた、いわば戦略的な「産みの苦しみ」としての損失と捉えるべきでしょう。
注目すべきは貸借対照表の純資産の部です。利益剰余金が203百万円のマイナス(累積損失)である一方、資本剰余金が約20.9億円と、資本金を大きく上回る巨額な金額となっています。これは合併に伴う会計処理の結果であり、過去の厳しい事業環境を反映した累積損失と、M&Aによって得た新たな財務体力が同居する、変革期にある同社の姿を如実に示しています。この結果、純資産合計は約19.7億円と厚く、自己資本比率も66.4%と極めて高い水準を維持しており、財務基盤はむしろ強化されています。
事業内容と今後の展望(考察)
【事業内容の概要】
2024年を経て、共同製本は事業モデルを根本から変革しました。従来の「製本専業」から、顧客のあらゆるニーズに応える「総合印刷ソリューション企業」へと進化を遂げています。
製本事業(伝統と革新):
創業以来のコア事業である、雑誌・書籍・教科書・絵本などの製本加工。長年の経験に裏打ちされた高品質な製本技術と、関東エリア最大級を誇る工場設備(浦和・新河岸・嵐山の3工場体制)による大規模な生産能力が強みです。PUR製本などの特殊な加工にも対応し、多品種・大小ロットのあらゆる製本ニーズに応えます。
ワンストップ・ソリューション事業(新たな柱):
2024年2月の成旺印刷との合併により獲得した、新たな中核事業です。特に映画のパンフレットやポスター、エンタメ関連グッズなど、高いクリエイティビティと品質が求められる商業印刷分野において、企画・制作から印刷、そして製本・加工、納品までを文字通りワンストップで提供できる体制を構築しました。これにより、顧客は複数の会社に発注する手間が省け、品質・納期・コスト管理において大きなメリットを享受できます。
日本創発グループとしてのシナジー:
一連の再編により、同社は50社以上からなる日本創発グループの連結子会社となりました。これにより、グループが持つ幅広いリソースやネットワークを活用し、より多角的なソリューションを提供することが可能になっています。
【財務状況と今後の展望・課題】
第127期決算における2.5億円の純損失は、前述の通り、未来への投資の結果です。企業の吸収合併には、法務・会計費用、システム統合、人事制度の再構築など、多額のコストが発生します。この損失は、100年企業が次の100年を生き抜くために、事業構造を根本から作り変えるという強い意志決定の証左に他なりません。
この変革によって得られた最大の強みは、やはり「ワンストップサービス」の提供能力です。特に、短納期と高品質、そして厳格な情報管理が求められるエンタテインメント業界において、企画から納品までを一社で完結できる体制は、絶大な競争優位性となります。
しかし、この大きな変革には、乗り越えるべき課題も存在します。
最大の課題は「PMI(合併後の統合プロセス)の完遂」です。共同製本と旧・成旺印刷という、異なる歴史と文化を持つ組織を、いかにして一つの企業として円滑に機能させていくか。人材の交流、業務プロセスの標準化、そして企業文化の融合を成功させることが、合併によるシナジーを最大化する上での鍵となります。
また、「紙媒体市場の縮小」という構造的な課題も依然として存在します。同社は映画パンフなどの「感性価値」の高い分野にシフトしていますが、デジタル化の大きな潮流の中で、紙媒体ならではの付加価値を常に創造し、提案し続ける必要があります。
今後の展望として、短期的には、PMIを軌道に乗せ、新体制による効率的な生産体制を確立することが最優先となります。合併による一時的な混乱を乗り越え、ワンストップサービスを本格的に稼働させることができれば、収益性は大きく改善するはずです。
中長期的には、日本創発グループの一員として、グループ内の他社との連携を深めていくことが期待されます。例えば、グループ内のWeb制作会社やイベント会社と連携し、映画のプロモーション全体(オンライン・オフライン)を一括で請け負うといった、より包括的なサービス展開も視野に入ってくるでしょう。
関東大震災や東京大空襲をも乗り越えてきた共同製本は、2024年、M&Aという現代の荒波を乗り越えるための大きな決断を下しました。今期の赤字は、新たな船出のための「痛み」です。この変革を成功させ、印刷と製本の技術を融合させたオンリーワンのサービスを確立できるか。老舗企業の未来を賭けた挑戦に、業界内外から大きな注目が集まっています。
企業情報
企業名: 共同製本株式会社
本社所在地: 東京都千代田区神田神保町3-5 住友不動産九段下ビル
代表者: 代表取締役 小澤 尚郎
事業内容: 1911年創業の製本事業を核とし、2024年に成旺印刷との合併により、企画・印刷から製本加工までを一貫して手掛ける総合印刷ソリューション企業。特に映画パンフレットなどエンタメ関連の商業印刷を得意とし、日本創発グループの中核を担う。