自動車のエンジンは、1分間に数千回という高速でピストンが上下し、クランクシャフトが回転する、まさに金属部品にとって過酷な環境です。この高速・高負荷な回転運動を、金属同士が焼き付くことなく滑らかに支え続けているのが、「すべり軸受(メタル)」と呼ばれる精密部品です。目立たない存在ですが、これがなければエンジンは一瞬で壊れてしまい、自動車の性能、燃費、耐久性のすべてを左右する、まさに「縁の下の力持ち」です。
今回は、自動車用エンジン軸受で世界トップシェアを誇る大同メタル工業グループの中核企業として、国内全ての自動車メーカーにこの重要部品を供給し続ける「すべり軸受」の専門メーカー、エヌデーシー株式会社の決算を読み解きます。自動車業界が「100年に一度の大変革期」を迎える中、同社の現在の収益構造と未来への戦略に迫ります。

【決算ハイライト(第76期)】
資産合計: 9,346百万円 (約93.5億円)
負債合計: 6,099百万円 (約61.0億円)
純資産合計: 3,246百万円 (約32.5億円)
売上高: 7,887百万円 (約78.9億円)
当期純利益: 77百万円 (約0.8億円)
自己資本比率: 約34.7%
利益剰余金: 463百万円 (約4.6億円)
【ひとこと】
売上高約78.9億円に対し、純利益は77百万円(純利益率約1.0%)となりました。特に営業利益は49百万円(営業利益率約0.6%)と、本業の利益が非常に薄い水準です。これは原材料高騰の直撃を受けていることを示唆します。一方で、自己資本比率は約34.7%と、製造業として一定の財務安定性は維持しています。
【企業概要】
企業名: エヌデーシー株式会社
設立: 1962年1月
株主: 大同メタル工業株式会社
事業内容: 自動車、建設機械、産業機械用等の「すべり軸受」(半割メタル、ブシュ、ワッシャー等)及びその素材(バイメタル)の製造・販売
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、摩擦をコントロールする「トライボロジー(摩擦工学)」技術を核とした「すべり軸受」の製造販売に特化しています。その製品は、私たちの生活に欠かせない多くの機械の心臓部で活躍しています。
✔主力製品:半割メタル(エンジン用軸受)
同社の売上の中核を成すのが、自動車エンジンのクランクシャフト(主軸)やコンロッド(ピストンとクランクを繋ぐ棒)に使用される、半円筒形の「半割メタル」です。エンジンの爆発的な力と高速回転を受け止め、焼き付きを防ぎながら摩擦を最小限に抑えるという、極めて高い精度と耐久性が求められます。同社の製品は国内全自動車メーカーおよび海外主要メーカーに採用され、F-1などモータースポーツの過酷な環境下でも使用されるほどの高い技術力を誇ります。
✔基盤技術:バイメタル
同社の本質的な強みは、最終製品だけでなく、その素材となる「バイメタル(複合材)」の開発から一貫生産できる点にあります。鋼板を土台(裏金)とし、その上にアルミ合金や銅合金、樹脂系といった異なる特性を持つ軸受層を、焼結・圧接・鋳造といった高度な接合技術で原子レベルで結合させます。この素材開発力こそが、顧客である自動車メーカーの厳しい要求に応え続ける品質の源泉です。
✔その他製品群(ブシュ・ワッシャー)
エンジン以外にも、円筒形の「ブシュ」や、軸の横方向(スラスト方向)の動きを支える「スラストワッシャー」など、多様な軸受を製造しています。これらは自動車のトランスミッションや足回り、あるいは建設機械、油圧ポンプといった一般産業機械など、幅広い分野で「滑らかな動き」を支えています。
✔大同メタル工業グループとのシナジー
1996年からは、すべり軸受で世界トップシェアを誇る大同メタル工業のグループ企業となっています。設立当初(当時:日本ダイアクレバイト㈱)は日産自動車も経営に参画しており、国内メーカーとの強固な関係性を維持しつつ、現在は親会社の持つグローバルな研究開発力と販売網を活用し、事業を展開しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
現在の自動車部品業界は、二つの大きな波に直面しています。第一の波は「原材料価格とエネルギーコストの高騰」です。銅、アルミ、鋼材といった主原料の価格上昇が、製造原価を直撃しています。 第二の波は「EV(電気自動車)シフト」です。同社の主力製品であるエンジン用軸受は、モーターで駆動する純粋なEVには不要となります。これは、同社の事業基盤を根底から揺るがす最大の脅威です。一方で、ハイブリッド車(HV)にはエンジンが搭載されるため需要は継続し、新興国市場でも当面はエンジン車の需要が見込まれます(機会)。
✔内部環境(収益性分析)
第76期の損益計算書(PL)は、この厳しい外部環境を如実に反映しています。売上高7,887百万円に対し、売上原価は7,304百万円。原価率は約92.6%と極めて高い水準です。 これにより、売上総利益(粗利)は582百万円(売上総利益率7.4%)に留まります。そこから販売費及び一般管理費532百万円を差し引いた、本業の儲けである「営業利益」はわずか49百万円(営業利益率0.6%)です。これは、原材料高騰分を、大口顧客である自動車メーカーに対して十分に価格転嫁できていない苦しい状況を物語っています。 営業外収益(88百万円)が営業利益を上回っており、親会社からの受取配当金などで最終黒字(当期純利益77百万円)を確保している格好です。
✔安全性分析
一方で、貸借対照表(BS)を見ると、自己資本比率は約34.7%と、製造業として一定の安定性を確保しています。流動資産6,062百万円に対し、流動負債は4,762百万円。流動比率は約127.3%となり、短期的な資金繰りにも大きな懸念はありません。 純資産3,246百万円のうち、利益剰余金は463百万円と、資本金(1,575百万円)や資本剰余金(1,080百万円)に比べて小さいものの、黒字を維持し、財務の安定性を保っています。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・国内全自動車メーカーとの強固な取引実績と高い信頼
・F-1にも採用される、素材(バイメタル)からの一貫生産が可能な高い技術力
・IATF16949(自動車産業品質マネジメントシステム)などの取得規格
・大同メタル工業グループのグローバルな基盤と研究開発力
弱み (Weaknesses)
・売上の多くを内燃機関(エンジン)用部品に依存している事業構造
・営業利益率0.6%という、極めて低い収益性(高い原価率)
・大口顧客(自動車メーカー)に対する価格交渉力
機会 (Opportunities)
・HV(ハイブリッド車)市場の拡大(エンジン軸受の需要継続)
・新興国におけるエンジン車需要の継続
・エンジン以外の産業機械、建設機械分野(油圧ポンプ等)への拡販
・バイメタルや精密加工技術の、EV向け新製品への応用
脅威 (Threats)
・EV化の加速による、中長期的なエンジン部品市場の急速な縮小
・銅、アルミ、鋼材などの原材料価格の継続的な高騰
・世界的な景気後退による自動車販売台数の減少
【今後の戦略として想像すること】
同社の戦略は、足元の収益を守る「短期的戦略」と、事業構造を変革する「中長期的戦略」の両輪で進められる必要があります。
✔短期的戦略
まずは、営業利益率0.6%という危機的な収益性の改善です。「徹底した原価低減」として、製造プロセスの自動化や歩留まり改善をさらに進める必要があります。同時に、高い技術力と品質を背景に、原材料高騰分を顧客へ「適正に価格転嫁」する交渉が不可欠です。 また、エンジン車需要が当面続くと見られるHV市場や新興国市場でのシェアを確実に維持・獲得すること、そしてエンジン以外の産業機械分野(ブシュ、ワッシャー等)での売上比率を高めることが急務です。
✔中長期的戦略
最重要課題は「EVシフトへの対応」です。親会社の大同メタル工業は、EVのモーター用軸受や、車体部品、電池関連部品の開発をグループ全体で進めています。エヌデーシーも、その一翼を担い、自社の強みであるバイメタル技術や精密加工技術を応用したEV向けの新製品(例:モーターや電装品に使われる高性能ブシュ、センサー部品など)の開発・量産化を加速させる必要があります。内燃機関の「すべり」で培った技術を、いかに次世代のモビリティに応用できるかが、企業の将来を左右します。
【まとめ】
エヌデーシー株式会社は、日本の自動車産業の心臓部である「エンジン軸受」を、その素材開発から支えてきた高い技術力を持つ企業です。
第76期決算は、売上高約78.9億円に対し、純利益77百万円、営業利益率はわずか0.6%と、原材料高騰とEV化の荒波に直面する自動車部品メーカーの厳しい現実を映し出す結果となりました。 しかし、大同メタル工業グループの一員として、財務の安定性は維持されています。最大の脅威である「EVシフト」に対し、内燃機関(エンジン)で培った高度な「すべり」の技術を、いかにモーターや車体といった次世代の部品に応用し、事業構造を転換できるか。今まさに、その真価が問われています。
【企業情報】
企業名: エヌデーシー株式会社
所在地: 千葉県習志野市実籾2丁目39番1号
代表者: 代表取締役 澁谷 泰
設立: 1962年1月26日
資本金: 1,575百万円
事業内容: 自動車用、建設機械用、産業機械用等のすべり軸受(半割メタル、ブシュ、スラストワッシャー等)及びバイメタル素材の製造・販売
株主: 大同メタル工業株式会社