スーパーマーケットに並ぶ、大量生産された安価な食用油。それは私たちの食生活に欠かせないものですが、その一方で、手間と時間をかけて昔ながらの製法を守り続ける作り手たちがいます。鹿児島市に本社を置く持留製油株式会社は、そんな稀有な企業の一つです。創業は明治6年(1873年)。実に150年以上にわたり、伝統的な「圧搾製法」でなたね油を作り続けてきました。今回は、薩摩の地で食文化を支えてきたこの老舗企業の決算を分析します。グローバルな価格競争や円安といった現代の荒波の中で、伝統を守り続ける企業の財務状況と、その経営戦略に迫ります。

【決算ハイライト(第78期)】
資産合計: 724百万円 (約7.2億円)
負債合計: 388百万円 (約3.9億円)
純資産合計: 336百万円 (約3.4億円)
当期純損失: 35百万円 (約0.4億円)
自己資本比率: 約46.4%
利益剰余金: 259百万円 (約2.6億円)
【ひとこと】
為替や原料価格高騰といった厳しい外部環境を反映し、当期は35百万円の純損失を計上しています。しかし、自己資本比率は46.4%と健全な水準を維持しており、150年の歴史で培われた揺るぎない経営基盤が、一時的な逆風を乗り越える十分な体力を持っていることを示しています。
【企業概要】
社名: 持留製油株式会社
創業: 1873年5月
設立: 1949年1月
事業内容: 食用油の製造・卸売(食用植物油脂JAS認定工場)、業務用洗剤等の販売
【事業構造の徹底解剖】
持留製油の事業は、その150年の歴史を象徴する「食用油事業」と、顧客基盤を活かした「関連商材販売事業」の2つの柱で構成されています。
✔食用油製造・販売事業
同社の魂とも言える中核事業です。最大の特徴は、創業以来守り続けている昔ながらの「圧搾製法」。圧力をかけてじっくりと油を搾り出すこの方法は、効率は劣るものの、原料本来の豊かな風味と栄養を損なわない、高品質な油を生み出します。鹿児島県内唯一の食用植物油脂JAS認定工場として、その品質は公にも認められています。製品は、伝統的ななたね油やごま油だけでなく、鹿児島の特産品である知覧茶を活用した「薩摩知覧茶オイル」など、独自性の高い商品開発も行っています。販路は、全農や地元のさつま揚げメーカー「揚立屋」といった業務用から、自社のオンラインショップを通じた個人消費者向けまで多岐にわたります。
✔関連商材販売事業
食用油事業で築いた食品工場や飲食店との取引関係を活かし、業務用洗剤や衛生管理用品(エアーフレッシュナー等)の販売も手掛けています。花王やライオンといった大手メーカーの特約店として、顧客の厨房や施設運営をトータルでサポート。これにより、油の販売だけでなく、顧客との関係性をより強固なものにし、安定した収益源を確保しています。
✔伝統と品質というブランド価値
同社の最大の強みは、単なる製品のスペックでは測れない「150年の歴史」と「伝統製法へのこだわり」という物語です。「食の安全」や「本物志向」が重視される現代において、遺伝子組み換えでない原料へのこだわりや、手間を惜しまない製造プロセスは、価格競争とは一線を画す強力なブランド価値となっています。
【財務状況等から見る経営戦略】
今回の赤字決算は、同社が直面する外部環境の厳しさを物語っています。
✔外部環境
代表挨拶でも触れられている通り、「為替やグローバルな変化」が経営に大きな影響を与えています。なたねやごまといった原料の多くを海外からの輸入に頼る製油業界にとって、円安による仕入れコストの上昇は死活問題です。また、世界的な天候不順や地政学リスクによる穀物相場の高騰も、収益を直接的に圧迫します。今回の純損失は、こうした急激なコスト上昇分を、製品価格に完全には転嫁しきれなかった結果であると推測されます。
✔内部環境
同社のビジネスモデルは、大量生産によるコストリーダーシップではなく、品質と伝統を武器にした「価値訴求型」です。そのため、安易な値上げは長年の信頼関係を損なう可能性があり、厳しいコスト環境下では利益が圧迫されやすい構造にあります。しかし、それを乗り越えるだけの財務的な体力が、同社の強みです。
✔安全性分析
自己資本比率46.4%は、製造業として非常に健全な水準です。これは、150年という長い歴史の中で、目先の利益に惑わされることなく、堅実な経営で利益を内部留保(利益剰余金は約2.6億円)として着実に積み上げてきたことの証です。短期的な支払い能力を示す流動比率(流動資産÷流動負債)も約166%と高く、全く問題ありません。この強固な財務基盤があるからこそ、原料価格が高騰する厳しい時期においても、品質を落とすことなく事業を継続し、暖簾を守り抜くことができるのです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・150年を超える歴史と伝統製法が紡ぎ出す、強力なブランドストーリー
・鹿児島県唯一のJAS認定工場という、品質と安全性の客観的な証明
・業務用洗剤販売など、顧客基盤を活かした多角的な事業展開
・自己資本比率46.4%という、逆境に強い安定した財務基盤
・「薩摩知覧茶オイル」など、地域性を活かしたユニークな商品開発力
弱み (Weaknesses)
・輸入原料への依存度が高く、為替や国際市況の変動に業績が左右されやすい
・伝統的な製法ゆえに、大量生産メーカーとの価格競争では不利になる
・ブランドの認知度が、主に地域や特定の顧客層に限定されている可能性
機会 (Opportunities)
・健康志向、本物志向の高まりによる、高品質な伝統食品への需要増
・オンラインショップやSNSを活用した、全国の消費者への直接販売(D2C)の拡大
・「メイドインジャパン」「伝統製法」を武器とした、海外市場への展開
・鹿児島の食文化と連携した、さらなる地域特産品の開発
脅威 (Threats)
・原料価格やエネルギーコストのさらなる高騰
・大手メーカーのPB(プライベートブランド)商品などとの、低価格競争の激化
・消費者のライフスタイルの変化による、家庭での揚げ物油などの需要減少
【今後の戦略として想像すること】
歴史という強力な武器を持つ持留製油は、その価値を現代の市場で最大化する戦略をとっていくことが予想されます。
✔短期的戦略
まずは、現在のコスト高を乗り越えるための収益性改善が急務です。オンラインショップでの直販を強化し、価格決定の自由度を高めるとともに、顧客に直接ブランドストーリーを伝えることで、価格以外の価値を訴求していくでしょう。また、既存の業務用顧客に対しては、洗剤販売などとのセット提案を強化し、取引関係を深化させることで、安定した収益基盤を固めます。
✔中長期的戦略
「持留製油」というブランドを、単なる鹿児島の老舗から、全国区、ひいては世界に通用する「日本のアルチザン(職人)ブランド」へと昇華させていくことが考えられます。商品の背景にある150年の歴史や、圧搾製法という伝統技術の価値を、ウェブサイトやSNSを通じて積極的に発信。食にこだわりのある層や、本物志向の海外市場をターゲットとした、高付加価値な商品展開を加速させていくでしょう。鹿児島の伝統を守り続けることが、結果的にグローバルな競争力に繋がるはずです。
【まとめ】
持留製油株式会社は、単なる食用油メーカーではありません。それは、明治維新から間もない時代から、鹿児島の地で食文化の灯を守り続けてきた、生きた文化遺産とも言える企業です。今回の赤字決算は、グローバル化の波が伝統的なものづくりに突きつける厳しさを象徴しています。しかし、その一方で、46.4%という高い自己資本比率は、幾多の時代の変化を乗り越えてきた老舗の揺るぎない底力と矜持を示しています。効率や安さだけが求められる時代は終わりを告げ、人々が再び「本物の価値」を求め始めている今、持留製油の150年の歴史と伝統製法は、未来を照らす最も明るい光となるに違いありません。
【企業情報】
企業名: 持留製油株式会社
所在地: 鹿児島県鹿児島市南栄3-19
代表者: 代表取締役 久米田 淳
創業: 1873年5月
設立: 1949年1月31日
資本金: 1,000万円
事業内容: 食用油製造、卸売り(食用植物油脂JAS認定工場)、業務用洗剤販売 他