決算公告データ倉庫

決算公告を自分用に収集・コメントし保管する倉庫。あくまで自分用であり、引用する決算公告を除き内容の正確性/真実性を保証できない点はご容赦ください。

#4336 決算分析 : 医療法人社団哺育会 第64期決算 当期純利益 ▲680百万円

東京を代表する観光地、浅草。世界中から多くの人々が訪れるこの活気ある街は、同時に古くからの住民が暮らす、人情味あふれる地域でもあります。このような都市部において、地域住民の健康と暮らしを支える中核的な病院の役割は計り知れません。特に、高齢化が進む地域では、救急医療からリハビリテーションまでを担う病院は、まさに社会インフラそのものです。

今回は、東京都台東区で60年以上の歴史を持ち、地域医療の要である「浅草病院」を運営する、医療法人社団哺育会の決算を読み解きます。大手病院グループ「上尾中央医科グループ(AMG)」の一員である同法人が、なぜ6億円を超える多額の損失を計上しているのか。その決算書から、都心の病院経営が直面する厳しい現実と、その財務構造に迫ります。

医療法人社団哺育会決算

【決算ハイライト(第64期)】
資産合計: 13,423百万円 (約134.2億円)
負債合計: 9,730百万円 (約97.3億円)
純資産合計: 3,693百万円 (約36.9億円)

売上高: 24,244百万円 (約242.4億円)
当期純損失: 680百万円 (約6.8億円)

自己資本比率: 約27.5%
利益剰余金: ▲1,583百万円 (約▲15.8億円)

【ひとこと】
事業収益242億円という巨大な規模にもかかわらず、6.8億円の当期純損失を計上しています。さらに深刻なのは、利益剰余金が15.8億円のマイナス、つまり「繰越欠損」の状態である点です。これは、過去からの赤字が積み重なっていることを示しており、極めて厳しい収益状況がうかがえます。

【企業概要】
社名: 医療法人社団哺育会
設立: 1961年8月 (前身の開設)
事業内容: 東京都台東区における「浅草病院」の運営

www.asakusa-hp.jp


【事業構造の徹底解剖】
同法人の事業は、136床を有する「浅草病院」の運営に集約されます。その最大の特徴は、都心の高齢化という社会構造に対応した「ケアミックス体制」を構築している点です。

✔急性期・救急医療
東京都指定二次救急医療機関として、地域で発生する急患を受け入れる役割を担っています。手術や集中的な治療を行う「急性期一般病棟」がこれにあたります。

✔回復期・地域包括ケア
事業の中核を成しているのが、この病棟群です。急性期治療を終えた患者が在宅復帰を目指すための「回復期リハビリテーション病棟」と、在宅療養中の患者の急変時対応やレスパイト入院(介護者の一時休息のための入院)を受け入れる「地域包括ケア病棟」が、病床の約3分の2を占めています。これは、浅草という地域の高齢者医療ニーズに特化した戦略です。

上尾中央医科グループ(AMG)との連携
日本有数の病院グループであるAMGの一員であることは、経営上の大きな強みです。医薬品や医療材料の共同購入によるコスト削減、グループ内での医師・看護師の人材交流、最新の医療知識や経営ノウハウの共有など、単独の病院では得られない多くのメリットを享受していると推察されます。


【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
都心での病院経営は、地価や建設費の高さに加え、全国で最も熾烈な医療専門職(医師、看護師)の獲得競争に晒されており、人件費が経営を圧迫します。また、浅草周辺の高齢化は、リハビリテーションなどの需要を増大させる一方で、手術など診療報酬の高い急性期医療の患者割合が相対的に低下する可能性も示唆します。

✔内部環境
損益計算書を見ると、本業の事業活動ではわずかな損失(事業損失▲36百万円)に留まっていますが、経常損失は5.4億円に拡大しています。これは、支払利息など、本業以外での費用(営業外費用)が非常に大きいことを示しています。この大きな要因として、2016年に行われた病院の新築移転に伴う、多額の借入金に対する金利負担が考えられます。そして、その結果として利益剰余金がマイナス(繰越欠損)の状態に陥っていることから、新病院移転後、継続的に収益性の課題を抱えてきたことがうかがえます。

✔安全性分析
財務の安全性は、複雑な様相を呈しています。自己資本比率は27.5%と、健全性の目安とされる30%をやや下回っており、決して高い水準ではありません。また、繰越欠損を抱えている点は重大な懸念材料です。
しかし、この病院が単独で運営されているわけではないという点が重要です。大手病院グループAMGの一員であるため、グループ全体の信用力を背景とした金融機関からの資金調達や、経営危機に陥った際の直接的な財務支援が期待できます。つまり、この法人の財務的安全性は、単体の決算書以上に、AMGグループ全体の経営基盤によって担保されていると考えるべきです。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・浅草という都心の一等地にある、2016年新築の近代的な医療施設。
・地域の高齢化ニーズに合致した、回復期リハビリテーション中心のケアミックス体制。
・大手病院グループAMGの一員であることによる、信用力、人材確保、コスト競争力。

弱み (Weaknesses)
・6.8億円の当期純損失と、15.8億円の繰越欠損を抱える深刻な収益性の問題。
・新病院建設に伴う多額の借入金と、それに伴う重い金利負担。

機会 (Opportunities)
・地域の高齢化のさらなる進展による、回復期リハビリテーションや在宅医療連携の需要拡大。
・浅草という立地を活かした、インバウンド向けの医療サービスやメディカルツーリズムの可能性。
AMGグループ内の他病院との機能分化・連携強化による、経営の効率化。

脅威 (Threats)
・東京都内における、医師・看護師の獲得競争の激化と人件費の高騰。
・国の診療報酬マイナス改定による、収益の圧迫。
・将来的な金利の上昇による、支払利息のさらなる増加リスク。


【今後の戦略として想像すること】
✔短期的戦略
まずは、赤字構造からの脱却が最優先課題です。AMGグループのスケールメリットを活かした医薬品・医療材料費のコスト削減を徹底するとともに、病床稼働率の向上や、比較的収益性の高い手術・検査の件数を増やす努力が求められます。また、グループの信用力を背景に、より有利な条件での借入金借り換えを行い、金利負担を軽減することも重要な戦略となります。

✔中長期的戦略
地域包括ケアシステムの中核病院としての地位を、さらに強固なものにしていくことが考えられます。地域の診療所や介護施設との連携を密にし、「急性期治療は他の大病院、回復期リハビリは浅草病院へ」という地域内での役割分担を確立することが、安定した患者獲得に繋がります。また、人材確保のために、働き方改革や福利厚生の充実を図り、「働きがいのある病院」としてのブランドを構築していくことも不可欠です。


【まとめ】
医療法人社団哺育会(浅草病院)は、観光地・浅草のもう一つの顔である「生活の場」を支える、重要な地域医療の拠点です。2016年の新築移転という大きな投資を経て、近代的な施設で地域ニーズに応える一方、その重い負担が経営を圧迫し、巨額の損失と繰越欠損という厳しい現実に直面しています。しかし、その経営は日本有数の病院グループAMGによって強力に下支えされています。今後は、グループの総合力を活かし、この厳しい財務状況を乗り越え、都心の高齢化社会に不可欠な医療機関として、いかに持続可能な経営モデルを構築していくのかが問われます。


【企業情報】
企業名: 医療法人社団哺育会
所在地: 東京都台東区今戸二丁目26番15号
代表者: 理事長 浪川 浩明
設立: 1961年8月 (開設)
事業内容: 東京都台東区における「浅草病院」の運営(病床数136床)

www.asakusa-hp.jp

©Copyright 2018- Kyosei Kiban Inc. All rights reserved.