Jリーグ開幕時の初代王者、三浦知良選手やラモス瑠偉氏といった数々のスター選手を輩出した「緑の軍団」。日本のサッカー史に燦然と輝くその名は、多くのサッカーファンにとって特別な響きを持っています。1990年代の黄金時代から一転、長くJ2リーグでの苦闘のシーズンを過ごしてきましたが、2023シーズン、劇的なJ1昇格プレーオフを勝ち抜き、16年ぶりとなるトップリーグの舞台へ帰還しました。
ピッチ上での復活劇は、多くの感動を呼びました。では、その裏側でクラブを支える経営状況はどのようなものなのでしょうか。今回は、J1復帰という大きな転換点を迎えたプロサッカークラブの運営会社、東京ヴェルディ株式会社の決算を分析します。名門復活への道を歩むクラブの財務状況と、今後の課題に迫ります。

【決算ハイライト(34期)】
資産合計: 1,147百万円 (約11.5億円)
負債合計: 1,096百万円 (約11.0億円)
純資産合計: 51百万円 (約0.5億円)
当期純利益: 34百万円 (約0.3億円)
自己資本比率: 約4.5%
利益剰余金: 31百万円 (約0.3億円)
【ひとこと】
16年ぶりのJ1復帰を果たしたシーズンの決算として、34百万円の当期純利益を確保したことは、クラブの未来にとって非常に明るい材料です。しかし、自己資本比率は4.5%と依然として低い水準にあり、純資産も約0.5億円とクラブの事業規模に対しては心許ない額です。財務基盤は依然として脆弱と言わざるを得ず、J1リーグで戦い続けるための経営体質強化が急務であることがうかがえます。
【企業概要】
社名: 東京ヴェルディ株式会社
設立: 1991年10月1日(クラブ創設は1969年)
事業内容: プロサッカークラブ「東京ヴェルディ」および女子プロサッカークラブ「日テレ・東京ヴェルディベレーザ」の運営、アカデミー・スクール事業など。
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、サッカーというスポーツを通じて、感動や夢、そして地域との一体感を創出することにあります。その収益構造は、主に以下の部門で構成されています。
✔トップチーム事業
これがクラブ経営の根幹です。Jリーグの公式戦を開催することで得られる「入場料収入」、リーグから分配される「放映権料収入」、企業の支援を受ける「スポンサー収入」、そしてユニフォームやタオルマフラーなどを販売する「グッズ販売収入」が主な収益の柱となります。特に、J1リーグに昇格したことで、J2時代とは比較にならないほど高額な放映権分配金が見込まれるほか、企業からの注目度も高まり、スポンサー収入の大幅な増加が期待されます。
✔女子チーム事業
同社は、日本の女子サッカー界を長年にわたり牽引してきた強豪「日テレ・東京ヴェルディベレーザ」も運営しています。プロリーグであるWEリーグに所属しており、男子チームとは別に独自のスポンサーやファンを獲得し、クラブの収益とブランド価値に貢献しています。
✔アカデミー・スクール事業
「育成のヴェルディ」として知られるように、同社は国内屈指のアカデミー(育成組織)を誇ります。ユース(U-18)からジュニア(小学生)まで一貫した指導システムで、将来のトップチームの戦力となる選手を育成しています。これは単なる選手育成に留まらず、月謝収入などを得られるサッカースクール事業として、安定した収益源にもなっています。
【財務状況等から見る経営戦略】
今回の決算は、J1復帰という大きな好材料と、依然として残る財務的な課題の両面を浮き彫りにしました。
✔外部環境
Jリーグ全体の市場規模は拡大傾向にありますが、クラブ間の経営格差も同時に広がっています。特に、J1とJ2ではリーグからの分配金が数億円単位で異なり、「J1に定着できるかどうか」がクラブ経営の未来を大きく左右します。スポンサー獲得競争も年々激化しており、ピッチ上の成績だけでなく、クラブが持つブランドイメージや地域貢献活動の質も、企業の投資判断において重要視されています。
✔内部環境
「ヴェルディ」という、Jリーグ黎明期から続く歴史と伝統を持つ強力なブランドは、他クラブにはない大きな無形資産です。また、優秀な育成組織は、他クラブへ移籍する際に発生する移籍金(育成の対価)という、独自の収益源を生み出す可能性を秘めています。
一方で、決算書が示す脆弱な財務基盤は、クラブ経営の大きな足枷です。過去の経営危機の影響がまだ残っている可能性も考えられ、スター選手を獲得するための高額な年俸など、コスト管理には常に細心の注意が求められます。
✔安全性分析
財務の安全性には課題が残ります。
・低い自己資本比率: 自己資本比率4.5%は、経営の安定性を示す指標として危険水域に近い水準です。これは、資産のほとんどを負債で賄っていることを意味し、予期せぬ収入減やコスト増に対する経営的な耐性が低い状態です。
・Jリーグクラブライセンス制度との関係: Jリーグでは、クラブがリーグに参加するためのライセンス制度を設けており、「3期連続の当期純損失」や「債務超過」に陥ると、ライセンスが剥奪される可能性があります。その意味で、今期34百万円の黒字を達成したことは、このライセンスを維持する上でも極めて重要な成果でした。この黒字経営を継続し、利益剰余金を積み上げて純資産を増やしていくことが、クラブの持続的な成長のための絶対条件となります。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・Jリーグ黎明期からの歴史と全国的な知名度を持つ、唯一無二の「ヴェルディ」ブランド。
・多くの日本代表選手を輩出してきた、国内トップクラスの育成組織(アカデミー)。
・女子サッカー界をリードする「日テレ・東京ヴェルディベレーザ」という強力なコンテンツ。
弱み (Weaknesses)
・自己資本比率4.5%という脆弱な財務基盤と、少ない純資産。
・特定のメインスポンサーへの依存度が高い場合の経営リスク。
・長かったJ2時代にスタジアムから足が遠のいたファン層を、再び呼び戻す必要がある。
機会 (Opportunities)
・16年ぶりのJ1復帰による、スポンサー収入、入場料収入、放映権分配金の大幅な増加。
・J1リーグでの活躍による、メディア露出の増加と、若年層を含む新たなファン層の獲得。
・アカデミー出身の有望選手が国内外のクラブへ移籍することによる、高額な移籍金収入の獲得。
脅威 (Threats)
・J1リーグの競争は極めて激しく、1年でJ2へ降格してしまうリスク。
・スター選手の海外移籍などによる、チーム戦力の低下と人気への影響。
・景気後退局面における、スポンサー企業の広告宣伝費の削減。
【今後の戦略として想像すること】
この大きな転換期において、クラブはどのような戦略を描いているのでしょうか。
✔短期的戦略
何よりもまず「J1残留」が経営上の最優先課題です。J1に定着することで、初めて安定した収益基盤の確立が見えてきます。そのために、J1復帰という最大の好機を活かし、新規スポンサーの獲得や、入場者数を増やすための積極的なプロモーションを展開していくでしょう。同時に、J1で戦うためのチーム人件費と、経営の健全性とのバランスを取る、非常に慎重な予算管理が求められます。
✔中長期的戦略
継続的な黒字経営を実現し、利益剰余金を積み上げることで、脆弱な財務基盤を強化していくことが不可欠です。自己資本比率を改善し、債務超過に陥るリスクを根本から解消することを目指します。また、クラブの根幹であるアカデミーへの投資を継続し、「育成のヴェルディ」というブランドをさらに磨き上げることで、将来のトップチームの戦力と、クラブの貴重な資産(選手)を安定的に生み出し続ける好循環を創り出すことが期待されます。
【まとめ】
かつての栄光と長い雌伏の時を経て、16年ぶりにJ1というトップリーグの舞台へ帰還した名門・東京ヴェルディ。その運営会社である東京ヴェルディ株式会社の決算は、34百万円の当期純利益を確保し、復活への確かな一歩を財務面でも記しました。
しかし、自己資本比率4.5%という数値は、J1という厳しいリーグで戦い続けるための経営基盤がまだ盤石ではないことを示しています。まさに今、ピッチ上の激しい戦いと同時に、経営の安定化というもう一つの重要な戦いの最中にあるのです。日本屈指の育成組織という揺るぎない資産と、「ヴェルディ」という伝統のブランドを武器に、J1定着を果たし、かつてのような輝きをピッチ内外で取り戻すことができるか。その挑戦から目が離せません。
【企業情報】
企業名: 東京ヴェルディ株式会社
所在地: 〒206-0812 東京都稲城市矢野口4015番地1
代表者: 中村 考昭
設立: 1991年10月1日
資本金: 2,000万円
事業内容: プロサッカーチームの運営及び各種スポーツ活動の運営管理、サッカー競技及び各種スポーツ競技の選手・指導者の育成、サッカースクール及び各種スポーツのスクールの経営並びに各種スポーツ教室の開催