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#4268 決算分析 : iYell株式会社 第9期決算 当期純利益 ▲1,012百万円

多くの人にとって人生最大の買い物である「マイホーム」。その夢を実現するために、ほとんどの人が利用するのが「住宅ローン」です。しかし、その手続きは金融機関の選定から始まり、膨大な書類の準備、複雑な審査プロセスなど、住宅購入者にとっても、それを取り扱う住宅事業者や金融機関にとっても、非常に煩雑で時間のかかる大きな負担となっています。この巨大かつアナログな市場を、テクノロジーの力でスマートに変革しようと挑むのが「住宅ローンテック」企業です。

今回は、その住宅ローンテック業界の旗手として急成長を遂げている、iYell(イエール)株式会社の決算を読み解きます。「応援し合う地球」をビジョンに掲げる同社の決算書に記された「債務超過」と「10億円超の赤字」。その数字の裏にある、スタートアップならではの野心的な成長戦略と、住宅ローン業界の未来に迫ります。

iYell決算

【決算ハイライト(第9期)】
資産合計: 1,073百万円 (約10.7億円)
負債合計: 1,137百万円 (約11.4億円)
純資産合計: ▲65百万円 (約▲0.6億円)

当期純損失: 1,012百万円 (約10.1億円)

利益剰余金: ▲5,609百万円 (約▲56.1億円)

【ひとこと】
決算書を一見すると、純資産が約0.6億円の債務超過であり、当期も約10.1億円という大規模な損失を計上しています。しかし、これは経営不振を意味するものではありません。82.7億円という巨額の払込資本金が示す通り、巨大市場の変革を目指すスタートアップが、プラットフォーム構築と市場シェア獲得のために戦略的な先行投資を行っている「成長痛」と捉えるべきでしょう。

【企業概要】
社名: iYell株式会社
設立: 2016年5月12日
事業内容: 住宅ローンに関わる金融機関、住宅事業者、エンドユーザーを繋ぐ住宅ローンプラットフォームの運営

iyell.co.jp


【事業構造の徹底解剖】
iYellのビジネスモデルは、住宅ローンに関わる全てのプレイヤーが抱える課題をテクノロジーで解決する「住宅ローンプラットフォーム事業」です。金融機関、住宅事業者、エンドユーザーの三者を繋ぎ、それぞれにメリットを提供することで、住宅ローン市場全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しています。

✔住宅事業者向けソリューション(BtoB SaaS事業)
事業の中核をなすのが、住宅・不動産会社向けのクラウド型住宅ローン業務支援システム「いえーる ダンドリ」です。従来、住宅営業担当者が多くの時間を費やしていた住宅ローンの手続き(金融機関の選定、書類作成、進捗管理など)をデジタル化し、大幅に効率化します。これにより、営業担当者は本来注力すべき顧客への提案活動に集中できるようになり、企業の生産性向上と売上増加に貢献します。これが同社の安定収益の基盤となるSaaS事業です。

✔金融機関向けソリューション
全国の金融機関に対しては、住宅ローン顧客の集客支援や、審査プロセスのDX化などをサポートします。iYellのプラットフォームを通じて、多くの住宅事業者と繋がることで、金融機関は自社の住宅ローン商品を効率的にアピールすることが可能になります。iYellは両者の間に立つことで、住宅ローン市場のマッチングを最適化しています。

✔エンドユーザー向けソリューション
住宅購入者であるエンドユーザーに対しては、住宅ローン専門メディア「住宅ローンの窓口 ONLINE」などを通じて、中立的で分かりやすい情報を提供します。また、AIがユーザーの年収や勤務先などの情報から住宅ローンの借入可能性を瞬時にスコアリングする「iYellスコア」など、テクノロジーを活用して住宅ローン選びの不安や疑問を解消するサービスも展開しています。


【財務状況等から見る経営戦略】
iYellの決算書に記された「赤字」と「債務超過」は、同社が現在どのような成長フェーズにあるかを明確に示しています。

✔外部環境
住宅ローン市場は数兆円規模の巨大なマーケットでありながら、その手続きの多くは未だに紙や電話、FAXといったアナログな手法に依存しており、DX化のポテンシャルが非常に大きい領域です。住宅事業者、金融機関ともに生産性向上が経営課題となっており、iYellが提供するソリューションへの需要は高いと考えられます。

✔内部環境
同社は、住宅ローンという極めて専門的で複雑な領域に特化した「バーティカルSaaS」企業です。この専門特化により、顧客の課題を深く理解し、的確なソリューションを提供できることが最大の強みとなっています。また、創業以来、ベンチャーキャピタルなどから累計で80億円を超える大規模な資金調達に成功しており、プラットフォームの開発や人材採用、マーケティングに積極的に投資し、事業を急拡大させるための資本力を有しています。「応援し合う」というユニークな企業文化も、優秀な人材を引きつける要因となっている可能性があります。

✔安全性分析
第9期決算において、自己資本比率は約▲6.0%の債務超過となっており、財務安全性は低い状態です。また、約10.1億円の当期純損失は、売上による収益を上回るコストを事業成長のために戦略的に投下していることを示しています。
これは、典型的な成長期にあるスタートアップの財務戦略です。まず大規模な資金調達によって市場シェアを aggressively 獲得し、顧客基盤(=将来の安定収益源)を確立することを最優先します。利益剰余金が▲56.1億円に達しているのは、創業以来の累計投資額の表れです。この投資が将来、どれだけ大きな継続的収益(ARR: Annual Recurring Revenue)を生み出すかが、同社の企業価値を測る上での重要な指標となります。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・住宅ローンに特化したプラットフォームというユニークなポジショニングと先行者優位
・累計82.7億円の資金調達力に裏打ちされた事業拡大への投資能力
・「応援し合う」というビジョンに共感する人材が集まる強い企業文化
SaaSモデルによる将来の安定的なストック収益基盤

弱み (Weaknesses)
赤字経営であり、持続的な成長のためには追加の資金調達が必要となる財務状況
・事業が国内の住宅市場や金利政策の動向に大きく依存する

機会 (Opportunities)
・巨大な住宅ローン市場に残る、極めて大きなDX化のポテンシャル
・金融機関、住宅事業者双方における業務効率化への強いニーズ
・プラットフォームに蓄積されたビッグデータを活用した新たなFintechサービス展開の可能性

脅威 (Threats)
・競合となるスタートアップの出現や、大手不動産テック企業、金融機関による類似サービスの開発
金利の急上昇などによる住宅市場の急激な冷え込み
金融商品に関わる法規制の強化


【今後の戦略として想像すること】
iYellは、プラットフォームビジネスの成功法則に則り、ネットワーク効果の最大化を目指す戦略を推進していくと考えられます。

✔短期的戦略
最優先課題は、中核サービス「いえーる ダンドリ」を導入する住宅事業者数を加速度的に増やし、プラットフォーム上のトランザクション(取扱高)を最大化することです。市場シェアを早期に確立することで、競合に対する優位性を築きます。同時に、獲得した顧客基盤に対し、住宅設備保証「いえーる ワランティ」や保険商品などをクロスセルし、顧客単価の向上を図っていくでしょう。

✔中長期的戦略
中長期的には、SaaS事業の継続的な収益(ARR)を積み上げることで、単年度黒字化を達成することが最大の目標となります。そして、プラットフォームに蓄積された日本最大級の住宅ローンデータを活用し、より精度の高いAI与信モデルの開発や、ユーザーと金融商品を最適にマッチングする新たなFintech事業を創出することが期待されます。最終的には、住宅の購入からその後の暮らしに関わるあらゆる金融サービスがiYellのプラットフォーム上で完結する、「住生活の金融プラットフォーマー」となることを目指していくでしょう。


【まとめ】
iYell株式会社は、単に便利なシステムを提供するIT企業ではありません。テクノロジーを武器に、「住宅ローン」という人生の大きな節目におけるあらゆるペイン(苦痛)を解消し、「家を得る」すべての人を「応援」するという強いビジョンを掲げた社会変革のチャレンジャーです。第9期決算に示された債務超過や10億円を超える赤字は、その壮大なビジョンを実現するため、未来への確信を持って大規模な先行投資を行っている「成長の証」に他なりません。

アナログで複雑な巨大市場のDXは、決して平坦な道のりではありません。しかし、iYellが築きつつあるプラットフォームが社会に浸透した時、私たちの家の買い方は根底から変わる可能性があります。住宅ローンテックの旗手として、同社が今後どのようにして投資を収益へと転換させ、持続的な成長モデルを確立していくのか。その挑戦から目が離せません。


【企業情報】
企業名: iYell株式会社
所在地: 東京都目黒区青葉台4丁目7番7号 住友不動産青葉台ヒルズ7階
代表者: 代表取締役社長兼CEO 窪田 光洋
設立: 2016年5月12日
資本金: 54百万円(払込資本金としては82.7億円 ※2025年6月末時点)
事業内容: 金融機関と住宅事業者を繋ぎ、住宅ローン業務を効率化する住宅ローンプラットフォームの運営(住宅事業者向けSaaS「いえーる ダンドリ」、金融機関向けDX支援、エンドユーザー向けメディア「住宅ローンの窓口 ONLINE」等)

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