カリスマ美容師ブーム、最新のヘアカラー技術、そしてサロン経営のノウハウ。60年以上にわたり、日本の美容業界のトレンドと発展を記録し、多くの美容師たちにとっての「教科書」であり続けてきた出版社があります。それが、月刊誌『HAIR MODE』や『美容の経営プラン』で知られる、株式会社ヘアモード社(女性モード社)です。
しかし、情報がインターネットやSNSで瞬時に、そして無料で手に入るようになった今、専門誌を主軸としてきた老舗出版社は大きな岐G路に立たされています。今回は、美容業界の権威である同社の決算書に表れた「赤字」という厳しい現実を直視し、伝統あるメディア企業が直面する課題と、未来への活路を模索する姿を分析します。

【決算ハイライト(第66期)】
資産合計: 148百万円 (約1.5億円)
負債合計: 89百万円 (約0.9億円)
純資産合計: 59百万円 (約0.6億円)
当期純損失: 31百万円 (約0.3億円)
自己資本比率: 約40.0%
利益剰余金: 38百万円 (約0.4億円)
【ひとこと】
自己資本比率は40.0%と健全な水準を維持しており、長年の経営で培われた財務的な体力はまだ十分にあります。しかし、当期に31百万円という、純資産の半分以上に相当する規模の純損失を計上した点は極めて深刻です。伝統的な出版ビジネスモデルが、デジタル化の波の中で大きな困難に直面していることが伺えます。
【企業概要】
社名: 株式会社ヘアモード社
設立: 1960年2月(創業)
事業内容: 美容業界向けの専門メディア企業。月刊誌『HAIR MODE』『美容の経営プラン』をはじめ、技術書や経営書などの書籍、電子書籍、動画コンテンツの企画・出版・販売。
【事業構造の徹底解剖】
株式会社ヘアモード社は、美容師というプロフェッショナルに向けて、そのキャリアの両輪である「技術」と「経営」を支えるコンテンツを提供しています。
✔主要事業1:クリエイティブ&テクニック誌『HAIR MODE』
同社の看板雑誌であり、美容師の創造性を刺激するメディアです。最先端のヘアデザインや高度なカット・カラー技術、トップスタイリストの考え方などを深く掘り下げ、業界のクリエイティブを牽引する役割を担っています。この雑誌が、同社のブランドイメージと業界における権威性を象徴しています。
✔主要事業2:サロンマネジメント誌『美容の経営プラン』
『HAIR MODE』が技術者をターゲットにするのに対し、こちらはサロンのオーナーや経営者向けの専門誌です。集客・マーケティング、人材採用・育成、資金繰り、労務管理など、サロン経営に不可欠な実践的情報を提供。美容師が独立・開業する際のバイブルとして、長年頼りにされてきました。
✔主要事業3:書籍・デジタルコンテンツ事業
雑誌で培ったコンテンツとネットワークを活かし、より専門的なテーマを深掘りした書籍を多数出版しています。メンズカット、パーマ技術、毛髪科学など、そのラインナップは多岐にわたります。近年では、紙媒体だけでなく、電子書籍や定額読み放題アプリ「JOSEI MODE BOOKS」、動画コンテンツの開発にも注力し、デジタル時代への適応を模索しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
今回の決算数値と事業内容から、同社の経営戦略を外部環境と内部環境、そして財務安全性の観点から分析します。
✔外部環境
出版業界全体が、インターネットとスマートフォンの普及により、構造的な不況にあります。かつて雑誌や書籍が独占していた情報は、今やInstagramやYouTubeでトップスタイリスト自身が無料で発信する時代です。専門性の高いBtoBメディアは、一般消費者向け雑誌よりは影響が少ないとされてきましたが、その牙城も決して安泰ではありません。オンラインセミナーや新たな教育プラットフォームの台頭も、同社の競合となっています。
✔内部環境
31百万円の当期純損失は、こうした外部環境の厳しさを直接的に反映した結果です。紙媒体の販売部数や広告収入の減少が、収益を圧迫していると推測されます。同時に、電子書籍プラットフォームや読み放題アプリの開発・維持には多額のコストがかかります。まさに、減少し続ける既存事業の売上で、まだ十分に収益化できていない新規事業への投資を賄わなければならないという、多くの伝統的メディア企業が陥る「二重の苦しみ」に直面している状況と言えるでしょう。
✔安全性分析
不幸中の幸いは、自己資本比率が40.0%と、依然として健全な財務基盤を維持している点です。これは、同社が過去60年以上にわたり、安定した経営で利益を蓄積してきた歴史があるからです。利益剰余金も38百万円残っており、短期的な経営危機に陥る状況ではありません。しかし、今回の損失額は、その利益剰余金の大部分を吹き飛ばすほどのインパクトがあります。同様の赤字が続けば、この財務的な「体力」も、数年のうちに失われかねない、予断を許さない状況です。
【SWOT分析で見る事業環境】
これまでの分析を踏まえ、株式会社ヘアモード社の事業環境をSWOT分析で整理します。
強み (Strengths)
・60年以上の歴史で培われた、美容業界における圧倒的なブランド力と信頼
・『HAIR MODE』『美容の経営プラン』という強力なコンテンツと、その豊富なアーカイブ
・長年の黒字経営によって蓄積された、一定の財務体力(自己資本比率40%)
・業界のトップランナーたちとの強固なネットワーク
弱み (Weaknesses)
・紙媒体に依存してきた伝統的な収益構造
・現状の赤字という収益性の課題
・デジタル事業への変革の遅れ、およびその投資負担の重さ
機会 (Opportunities)
・「読み放題」などのデジタルサブスクリプションモデルへの完全移行
・動画コンテンツを活用した、高付加価値なオンライン教育事業の展開
・ブランド力を活かした、リアルイベントやセミナー、コンテストの主催
脅威 (Threats)
・SNSやYouTubeなど、無料のオンラインコンテンツとの競合
・紙媒体の広告市場の継続的な縮小
・新たなオンライン教育プラットフォームの台頭による顧客の流出
【今後の戦略として想像すること】
SWOT分析を踏まえ、同社が今後どのような戦略を展開していくか考察します。
✔短期的戦略
まずは、赤字からの脱却が最優先課題です。不採算な出版物の見直しや、印刷・流通過程のさらなるコスト削減が求められます。同時に、デジタルコンテンツへのシフトを加速させ、「読み放題」サービスの有料会員数を増やすためのマーケティングを強化する必要があるでしょう。紙媒体の広告営業も、ウェブサイトやSNSと連動させたデジタルパッケージとして再設計し、広告主への提案価値を高めることが急務です。
✔中長期的戦略
同社の生き残りは、単なる「出版社」から、美容師向けの「総合教育・情報プラットフォーム企業」へと完全に変貌できるかにかかっています。これまで蓄積してきた膨大な高品質コンテンツという「宝の山」を、デジタル時代に最適化し、再編集する必要があります。例えば、トップスタイリストを講師に迎えた月額制のオンライン動画アカデミーの設立や、サロン経営者向けのオンラインコミュニティの運営など、単なる情報の提供者から、学びと交流の「場」の提供者へと進化することが期待されます。
【まとめ】
株式会社ヘアモード社は、日本の美容文化を創造し、育ててきたと言っても過言ではない、業界の至宝のような存在です。しかし、その輝かしい歴史とブランド力をもってしても、デジタル化という時代の大きなうねりには抗えず、第66期決算では厳しい赤字を計上しました。
これは、同社が今、存続をかけた変革の真っ只中にいることを示しています。幸いにも、長年の歴史の中で培われた財務的な体力は、まだ残されています。この体力が尽きる前に、60年分の膨大なコンテンツと業界からの信頼という無形の資産を、いかにして新たなデジタルの価値へと転換できるか。老舗出版社の挑戦は、美容業界だけでなく、変化の時代を生きるすべての企業にとって、重要な示唆を与えてくれるに違いありません。
【企業情報】
企業名: 株式会社ヘアモード社
所在地: 東京都世田谷区桜新町1-32-10 2F
代表者: 代表取締役社長 小池 入江
設立: 1960年2月(創業)
資本金: 16百万円
事業内容: 美容専門雑誌(月刊「ヘアモード」、月刊「美容の経営プラン」)、書籍、電子書籍、動画等の企画、出版、販売