救急病院での急性期治療から、リハビリ、そして介護老人保健施設や訪問看護による在宅ケアまで。一人の患者を、地域全体で、切れ目なく支える「地域包括ケアシステム」は、超高齢化社会を迎えた日本の医療・介護の理想形です。この理想を、半世紀にわたり地域で実践し、巨大な複合体へと成長を遂げた医療グループが、埼玉県にあります。
今回は、鶴ヶ島市の「関越病院」を中核に、クリニック、介護老人保健施設、訪問看護ステーションまでを一体的に運営する、「社会医療法人社団新都市医療研究会〔関越〕会」の決算を分析します。地域医療の”最後の砦”として重責を担う同法人。その決算書は、盤石な財務基盤と、医療・介護の現場が直面する厳しい現実を、同時に映し出していました。

【決算ハイライト(令和6年度)】
資産合計: 14,172百万円 (約141.7億円)
負債合計: 6,342百万円 (約63.4億円)
純資産合計: 7,830百万円 (約78.3億円)
事業収益 (売上高): 7,583百万円 (約75.8億円)
当期純損失: 171百万円 (約1.7億円)
自己資本比率: 約55.2%
繰越利益積立金 (利益剰余金): 7,408百万円 (約74.1億円)
【ひとこと】
まず注目すべきは、純資産が約78億円、自己資本比率も約55.2%と、極めて健全で安定した財務基盤です。約74億円もの莫大な利益剰余金の蓄積は、長年の安定した黒字経営の歴史を物語っています。その一方で、当期は約1.7億円の純損失を計上。盤石な財務とは裏腹に、現在の事業運営が、コスト増に苦しむ厳しい状況にあることが伺えます。
【企業概要】
社名: 社会医療法人社団 新都市医療研究会 〔関越〕会
設立: 1976年7月(母体の関越病院は1974年開院)
事業内容: 埼玉県鶴ヶ島市を拠点とする社会医療法人。急性期病院「関越病院」を中核に、クリニック、介護老人保健施設、訪問看護、地域包括支援センターなどを一体的に運営し、地域包括ケアシステムを構築する。
【事業構造の徹底解剖】
〔関越〕会の事業は、医療から介護、福祉、保健までを網羅する、まさに「地域包括ケア」そのものです。
✔急性期医療(関越病院)
事業の中核をなすのが、229床を有する地域の中核病院「関越病院」です。二次救急医療機関として24時間体制で救急患者を受け入れるほか、DPC(診断群分類包括評価)対象病院として、質の高い急性期医療を提供しています。
✔回復期・慢性期医療
急性期を脱した後のケアも、グループ内で完結できる体制を整えています。関越病院内の「地域包括ケア病棟」でのリハビリや、外来透析に特化した「関越腎クリニック」の運営など、患者の病状に合わせた、きめ細やかな医療を提供しています。
✔介護・福祉サービス
同法人の大きな特徴が、医療と一体となった、手厚い介護・福祉サービス網です。介護老人保健施設「すみよし」や、サービス付き高齢者向け住宅「メディカルハウスかんえつ」といった入所施設から、「訪問看護ステーションたんぽぽ」による在宅ケア、さらには市の委託による「地域包括支援センターかんえつ」の運営まで、地域の高齢者の暮らしを、あらゆる側面から支えています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
日本全体の超高齢化は、同法人が提供する医療・介護サービスへの需要を、構造的に増大させています。これは強力な追い風です。しかしその一方で、診療報酬・介護報酬は国によって厳格に定められており、事業の収益性は常に抑制圧力に晒されます。加えて、近年の物価高騰による医薬品・資材費の上昇や、深刻な人手不足に伴う人件費の高騰が、経営を圧迫しています。
✔内部環境
同法人のビジネスモデルは、病院から介護施設まで、多数の施設を運営することによる、極めて固定費の高い構造です。損益計算書を見ると、事業収益(売上高)が約76億円と巨大である一方、事業費用も約78億円とそれを上回っており、結果として本業では約1.7億円の事業損失(赤字)となっています。これは、現在の診療報酬・介護報酬体系のもとでは、上昇し続けるコストを、収益でカバーしきれていないという、日本の多くの医療・介護法人が直面する厳しい現実を反映しています。
✔安全性分析
当期は赤字であったものの、同法人の財務基盤は、驚くほど盤石です。自己資本比率が約55.2%という数値は、約78億円もの巨額な固定資産(建物・医療機器など)を保有する法人として、傑出して高い水準です。
そして何よりも、約74億円という莫大な利益剰余金(繰越利益積立金)の存在が、その歴史的な安定性を証明しています。これは、同法人が設立以来、半世紀近くにわたり、いかに堅実で高収益な経営を続けてきたかの証です。今回の1.7億円の赤字は、この分厚い内部留保から見れば、十分に吸収可能な範囲内であり、直ちに経営の根幹を揺るがすものではありません。しかし、本業の赤字は、将来に向けた危険信号であることも事実です。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・自己資本比率55.2%を誇る、鉄壁とも言える財務基盤と莫大な内部留保
・病院からクリニック、介護施設、在宅までを網羅する、理想的な「地域包括ケアシステム」
・50年の歴史で築かれた、地域社会からの高い信頼
・社会医療法人としての、公益性と税制上の優遇
弱み (Weaknesses)
・当期、本業で1.7億円の赤字を計上した、厳しい収益構造
・国の政策(診療報酬・介護報酬改定)に、収益が大きく左右される点
・高い固定費と、上昇を続ける人件費・物価
機会 (Opportunities)
・地域の高齢化率の上昇に伴う、医療・介護需要のさらなる増加
・医療DXの推進による、業務効率化と、新たなサービスの創出(オンライン診療など)
・予防医療や健診事業の強化による、新たな収益源の確保
脅威 (Threats)
・診療報酬・介護報酬の大幅なマイナス改定
・医師・看護師・介護士といった、専門人材の、全国的な不足と獲得競争の激化
・近隣の他の医療・介護機関との、機能競合や人材獲得競争
【今後の戦略として想像すること】
この盤石な財務基盤を持つ〔関越〕会の今後の戦略を考察します。
✔短期的戦略
最優先課題は、本業の赤字からの脱却です。グループ全体での医薬品や資材の共同購入によるコスト削減、ITシステム導入による事務作業の効率化、エネルギーコストの見直しなど、徹底したコスト管理が急務となります。同時に、病床稼働率の向上や、比較的収益性の高い検査・手術の強化など、収益改善への取り組みも不可欠です。
✔中長期的戦略
「地域包括ケアシステム」という強みを、さらに深化させることが、持続的な成長の鍵となります。例えば、グループ内の施設間で、患者情報をシームレスに連携させる医療DXを推進し、より質の高い、効率的な医療・介護を実現することです。また、その鉄壁の財務基盤を活かし、地域のニーズが高いにも関わらず、担い手が不足している新たな医療・介護サービス(例えば、小児在宅医療や、認知症専門ケアなど)へ、戦略的に投資していくことも期待されます。
【まとめ】
社会医療法人社団新都市医療研究会〔関越〕会は、医療から介護まで、人生の様々なステージを支える、地域社会のセーフティネットそのものです。その半世紀にわたる誠実な歩みは、74億円という莫大な利益剰余金となって、揺るぎない経営基盤を築き上げました。
しかし、その盤石な法人でさえ、コスト上昇の波に抗えず、本業赤字という厳しい現実に直面しています。これは、同法人だけの問題ではなく、日本の医療・介護システム全体が抱える構造的な課題の縮図です。〔関越〕会が、その豊かな内部留保と長年の経験を活かし、この困難を乗り越え、未来の地域医療のモデルを再構築できるか。その挑戦は、今まさに始まっています。
【企業情報】
企業名: 社会医療法人社団 新都市医療研究会 〔関越〕会
所在地: 埼玉県鶴ヶ島市脚折145-1
代表者: 安村 寛
設立: 1976年7月(母体は1974年設立)
資本金: (医療法人のため、なし)
事業内容: 埼玉県鶴ヶ島市を拠点とする社会医療法人。急性期病院「関越病院」を中核に、クリニック、介護老人保健施設「すみよし」、訪問看護、地域包括支援センターなどを一体的に運営し、医療・介護・福祉・保健の包括的なサービスを提供する。