地域の未来を担う若者への教育支援と、デジタル時代に失われつつあるアナログ写真文化の継承。一見すると全く異なる二つの社会貢献活動を、半世紀近くにわたり静かに、しかし力強く支え続けている財団があります。その活動の原点は、福島県いわき市の炭鉱事業で財を成した一人の実業家の「社会への恩返し」の想いでした。
今回は、福島県を拠点に奨学金事業を、そして東京を拠点に写真文化事業を展開するという、ユニークな二つの顔を持つ「一般財団法人戸部記念財団」の決算を読み解きます。営利を目的としない一般財団法人の決算書から、その崇高な理念を支える、完璧とも言える財務の健全性に迫ります。

【決算ハイライト(第13期)】
資産合計: 475百万円 (約4.8億円)
負債合計: 0百万円 (約0.0億円)
正味財産合計: 475百万円 (約4.8億円)
正味財産比率: 100%
一般正味財産(活動の原資): 475百万円 (約4.8億円)
【ひとこと】
総資産4.75億円に対し、負債がゼロ。正味財産比率100%という、完璧な無借金経営が最大の特徴です。これは、財団が外部からの借入に一切頼ることなく、設立者から受け継いだ資産のみで運営されていることを示しており、その理念を永続的に遂行するための、極めて強固な財務基盤を物語っています。
【企業概要】
社名: 一般財団法人 戸部記念財団
設立: 1975年12月4日
設立者: 戸部 光衛
事業内容: 学生への奨学金貸与・給付事業、ビジュアルアート(写真文化)振興事業
【事業構造の徹底解剖】
戸部記念財団の事業は、設立者である戸部光衛氏の想いを引き継いだ、二つの大きな柱で構成されています。
✔活動の柱1:育英事業(未来への投資)
財団の原点であり、福島県いわき市を拠点とする活動です。1975年の設立以来、経済的な理由で修学が困難な中高卒業生に対し、無利子の奨学金を貸与・給付しています。これは、いわきの炭鉱事業で成功を収めた設立者が、科学技術の発展のために次代を担う若者の教育こそが必要であると考え、私財を投じて始めたものです。地域の未来を担う人材を育む、息の長い社会貢献活動です。
✔活動の柱2:ビジュアルアート事業(文化の継承)
財団のもう一つの顔が、東京・八丁堀で運営する写真文化の発信拠点「アトリエ シャテーニュ」です。この事業は、財団の目的である「文化及び芸術の振興」を具体化したものです。
・暗室レンタル:デジタルカメラが主流となった現代において、プロ仕様のモノクロ・カラー暗室を安価で提供。フィルム写真の文化と技術を継承するための、極めて貴重な場となっています。
・写真家育成・支援:若手写真家への支援や、ワークショップ、写真展の企画などを通じて、写真文化の裾野を広げ、新たな才能の育成に貢献しています。
・高校写真部への助成:福島・茨城県の高校写真部を支援することで、育英事業とアート事業を繋ぎ、若い世代に写真文化の魅力を伝えています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
奨学金事業においては、依然として経済的な困難を抱える学生が多く、公的な支援と並行して、同財団のような民間の給付・無利子貸与型奨学金の重要性は増しています。一方、ビジュアルアート事業においては、フィルム写真が一部の愛好家や専門家の間で根強い人気を誇るものの、その技術を学んだり実践したりする場(暗室など)は減少の一途をたどっており、「アトリエ シャテーニュ」のような施設の存在は、文化の多様性を守る上で非常に価値あるものとなっています。
✔内部環境:基本財産の運用による社会貢献
一般財団法人の運営は、設立者からの寄付などによって形成された「正味財産(基本財産)」を、株式や債券などで安全に運用し、そこから得られる運用益を活動の原資とすることが基本です。同財団の貸借対照表が示す約4.8億円の資産が、まさにこの活動の源泉です。財団の「経営」とは、この基本財産をいかに目減りさせることなく、安定した運用益を生み出し、奨学金やアート支援といった公益目的事業に充当し続けるか、ということに尽きます。
✔安全性分析
正味財産比率100%、つまり負債ゼロという財務内容は、これ以上ないほど安全な状態を示しています。金融機関からの借入がないため、金利の変動といった外部の経済環境に左右されることなく、設立者の理念に基づいた活動に専念できます。この完璧な財務基盤があるからこそ、短期的な収益性を問われることなく、教育や文化といった、成果が出るまでに時間のかかる分野への長期的な支援が可能になるのです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・負債ゼロ、正味財産比率100%という、絶対的な財務安定性
・約半世紀にわたる奨学金事業で培った、地域社会からの信頼
・「アトリエ シャテーニュ」という、写真文化におけるユニークで価値の高い拠点
・設立者の崇高な理念という、揺るぎない活動の軸
弱み (Weaknesses)
・事業規模が、約4.8億円の資産から得られる運用益の範囲に限定される
・福島での育英事業と、東京でのアート事業という、二つの異なる活動の関連性が伝わりにくい可能性がある
機会 (Opportunities)
・フィルム写真への再評価やアナログ回帰の流れによる、アトリエの利用者増
・SNSなどを活用した、財団の活動や奨学生、支援アーティストの成果の発信による、認知度の向上
・他の教育・文化支援団体との連携による、支援プログラムの拡充
脅威 (Threats)
・長期的な金融市場の低迷による、資産運用利回りの低下
・奨学金事業における、他の大規模な給付制度との比較
・暗室運営に必要な印画紙や薬品などの、生産終了や価格高騰
【今後の戦略として想像すること】
戸部記念財団は、今後も設立者の理念を忠実に守りながら、その二つの事業の価値を高めていくと考えられます。
✔短期的戦略
福島での奨学金事業を安定的に継続することが最優先事項です。同時に、東京の「アトリエ シャテーニュ」の運営を通じて、写真コミュニティのハブとしての役割を強化し、その存在価値をさらに高めていくでしょう。ワークショップの充実や、若手写真家の成果発表の場の提供などを継続していくことが予想されます。
✔中長期的戦略
長期的には、二つの事業の連携をさらに深めていく可能性があります。例えば、奨学生を対象とした写真ワークショップの開催や、福島・茨城の高校写真部への支援をさらに拡充し、東京のアトリエで成果展を開催するなど、若者の教育とアートを結びつけるユニークなプログラムの創出です。財団の原点である「若者の育成」というテーマを、奨学金とアートの両面から、より立体的に支援していく姿が期待されます。
【まとめ】
一般財団法人戸部記念財団は、一人の実業家の郷土への想いから生まれた、社会貢献活動のお手本のような組織です。その決算書が示す「負債ゼロ」という事実は、利益の追求ではなく、託された資産を大切に守りながら、ひたすらにその使命を果たすという、財団の誠実な姿勢を物語っています。
福島の若者の未来を育む「育英事業」と、東京でアナログ写真文化の灯を守る「ビジュアルアート事業」。地域と都市、未来と過去、それぞれの価値を静かに支え続ける戸部記念財団の活動は、これからも私たちの社会を豊かにしてくれるに違いありません。
【企業情報】
企業名: 一般財団法人 戸部記念財団
所在地: 福島県いわき市平字紺屋町45番地
代表者: 理事長 戸部 浩介
設立: 1975年12月4日
事業内容: 学生への無償奨学金の貸与・給付事業、ビジュアルアート(写真文化)の振興事業(暗室レンタル、写真家育成、ワークショップ運営、高校写真部助成など)
設立者: 戸部 光衛