毎日の通勤・通学や病院への通院、そして心躍る週末の観光旅行。私たちの地域社会における暮らしは、バスやタクシーといった身近な交通サービスによって支えられています。特に、自家用車を運転しない高齢者や学生にとって、これらの公共交通は日々の生活に欠かせない、まさに社会の「足」とも言える存在です。しかしその裏側で、多くの地方交通事業者は、人口減少や深刻な運転手不足という厳しい現実に直面しています。
今回は、福井県あわら市に拠点を置き、1967年の設立から半世紀以上にわたって、地域の多様な移動ニーズに応え続けてきた総合旅客運送事業者、「ケイカン交通株式会社」に焦点を当てます。日常の足となるタクシーから、旅の思い出を彩る観光バス、そして地域の暮らしを守るコミュニティバスまで、多彩な車両で人々の生活に寄り添う同社。京福グループの一員として、「安全・親切・快適・信頼」を誓う企業の最新決算を読み解き、厳しい環境下でも成長を続ける地方交通事業者の姿と、その健全な経営の秘密に迫ります。

【決算ハイライト(第59期)】
資産合計: 534百万円 (約5.3億円)
負債合計: 170百万円 (約1.7億円)
純資産合計: 365百万円 (約3.6億円)
当期純利益: 58百万円 (約0.6億円)
自己資本比率: 約68.3%
利益剰余金: 332百万円 (約3.3億円)
【ひとこと】
まず注目すべきは、自己資本比率が約68.3%と極めて高い水準にあることです。これは、財務基盤が非常に強固で安定的であることを示しています。58百万円の当期純利益を確保しており、多くの課題を抱える地方交通の現状の中で、優れた収益性を実現。長年にわたる堅実経営がうかがえる、まさに優良企業の決算です。
【企業概要】
社名: ケイカン交通株式会社
設立: 1967年5月13日
株主: 京福バス株式会社 (京福グループ)
事業内容: 福井県あわら市を拠点に、タクシー、貸切バス、路線バス(コミュニティバス)を運営する総合旅客運送事業。
【事業構造の徹底解剖】
ケイカン交通株式会社の事業は、福井県あわら市・坂井市を中心とした地域の多様な移動ニーズにワンストップで応える「総合旅客運送事業」に集約されます。3つの異なる事業を有機的に連携させることで、地域交通インフラとしての重要な役割を担っています。
✔タクシー事業
1967年の設立以来の祖業であり、地域に最も密着した事業です。GPS連動の配車システムを導入し、同じ京福グループの福井交通と連携して福井県嶺北一帯を広域にカバーします。同社のタクシー事業は、単なる移動手段の提供に留まりません。結婚式の際に和装の花嫁が乗り降りしやすいよう天井が開閉する「花嫁タクシー」や、車いすのまま乗車できる「UD(ユニバーサルデザイン)タクシー」、買い物代行を行う「便利タクシー」、そして飲食店の料理を家庭に届ける「タクシーデリバリー」など、地域のニーズを的確に捉えた、ユニークで付加価値の高いサービスを展開している点が大きな特徴です。
✔貸切バス事業
団体旅行や社員旅行、学校の遠足・修学旅行、企業の従業員送迎など、まとまった人数の移動を安全・快適にサポートする事業です。大型・中型・小型バスを計15両保有し、様々なグループの規模や目的に柔軟に対応します。同社の安全性への取り組みは特筆すべきで、国土交通省が推奨する「貸切バス事業者安全性評価認定制度」において、最高ランクである「三つ星」を取得しています。これは、運転者の労務管理や健康状態、車両の点検整備体制などが、極めて高い水準にあることの客観的な証明であり、顧客が安心して利用できる、大きな信頼の証となっています。
✔路線バス(乗合)事業
高齢化が進む地方において、社会的な意義が最も大きい事業と言えるでしょう。あわら市や坂井市のコミュニティバスや、利用者の予約に応じて運行ルートや時刻を柔軟に変更する「デマンドタクシー」の運行を行政から受託しています。採算性の確保が非常に難しい事業領域ですが、地域の「足」を何としても維持するという強い使命感のもと、行政と密に連携しながら、持続可能な新しい公共交通のあり方を地域と共に模索しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
堅実な決算数値の背景にある経営環境と、同社の戦略について分析します。
✔外部環境
日本の地方交通事業者は、人口減少と高齢化による日常的な利用者数の減少、そして何よりも深刻な運転手不足(いわゆる「2024年問題」)という、極めて厳しい構造的な課題に直面しています。その一方で、コロナ禍からの回復に伴う国内旅行需要の復活、そして北陸新幹線の福井・敦賀開業は、貸切バス事業にとってまたとない大きな追い風となっています。
✔内部環境
58百万円の当期純利益を確保した背景には、回復した観光需要を、安全性「三つ星」という信頼を武器に貸切バス事業で着実に取り込んでいることや、タクシー事業における多様な付加価値サービスが収益に貢献していることがあると推察されます。慢性的に赤字となりやすい路線バス事業を、他の事業の利益でカバーするという、多角化経営がうまく機能していると考えられます。
✔安全性分析
自己資本比率が約68.3%という数値は、バスやタクシーといった多くの車両(固定資産)を抱える運輸業としては、驚異的なほど高い水準です。これは、長年にわたる堅実な経営で得た利益を、過度な設備投資に回すのではなく、着実に内部に蓄積し、過度な借入金に頼らない強固な財務体質を構築してきたことを明確に示しています。利益剰余金も約3.3億円と潤沢であり、将来必要となる車両の更新や、深刻化する人手不足に対応するための運転手の労働環境改善に向けた投資を、自己資金で十分に賄える体力を有しています。この強固な財務基盤こそが、安全への継続的な投資を可能にし、顧客からの揺るぎない信頼に繋がっているのです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・京福電鉄を頂点とする「京福グループ」としてのブランド力と、半世紀以上にわたり地域で培ってきた高い信頼性。
・タクシー、貸切バス、路線バス(コミュニティバス)を併せ持ち、地域の多様な移動ニーズにワンストップで対応できる総合力。
・安全性評価認定「三つ星」という、安全運行に対する客観的で高い評価。
・自己資本比率68%超という、いかなる経営環境の変化にも耐えうる、極めて強固で安定した財務基盤。
弱み (Weaknesses)
・他の多くの地方交通事業者と同様に、運転手(特に若手)の確保と育成が、今後の事業継続における恒常的な課題であること。
・事業エリアが福井県嶺北地域に集中しているため、同地域の人口動態や経済状況に業績が大きく左右される。
機会 (Opportunities)
・北陸新幹線の福井・敦賀開業に伴う、二次交通(新幹線の駅から観光地や温泉地への移動など)としての貸切バス・観光タクシー需要の本格的な増加。
・地域の高齢化のさらなる進展による、通院や買い物といった日常生活の「足」としてのデマンド交通や便利タクシーのニーズ拡大。
・DX(デジタル技術)の活用による、AIを活用した効率的な配車システムの導入や、多言語対応可能な新たな予約・決済システムの構築。
脅威 (Threats)
・バス・タクシー業界全体で深刻化している運転手の高齢化と、若年層の車離れなどによる、将来の担い手不足(2024年問題)。
・地政学リスクなどによる、軽油などの燃料価格の継続的な高騰がもたらすコスト増。
・人口減少に伴う、地域全体の交通需要の長期的な縮小。
【今後の戦略として想像すること】
この事業環境を踏まえ、ケイカン交通が今後取りうる戦略を展望します。
✔短期的戦略
まずは、「新幹線開業効果の最大化」が最優先課題です。地域の観光協会や旅行代理店、旅館組合との連携をさらに強化し、北陸新幹線で福井を訪れる観光客向けの貸切バスや観光タクシーのオリジナルプランを積極的に提案していくでしょう。また、「働きやすい職場認証制度」の取得をアピールし、若手や女性ドライバーの採用を強化するとともに、柔軟な勤務体系の導入など、労働環境の改善を継続していくことが不可欠です。
✔中長期的戦略
中長期的には、「MaaS(Mobility as a Service)」への対応が大きなテーマとなります。自社が運行するバスやタクシーと、京福グループの京福バスや、えちぜん鉄道といった他の公共交通機関、さらにはカーシェアやレンタサイクルなどをスマートフォンアプリ上でシームレスに連携させ、検索・予約・決済までを一度に行える、地域のMaaS構築に主体的に関わっていくことが期待されます。これにより、利用者の利便性を飛躍的に向上させ、公共交通全体の利用促進を図ります。
【まとめ】
ケイカン交通株式会社は、福井県あわら市を拠点に、地域の人々の暮らしを「足」で支える総合旅客運送事業者です。第59期決算では、58百万円の純利益を計上し、自己資本比率約68.3%という鉄壁の財務基盤を背景に、多くの課題を抱える地方交通事業の厳しい現実の中でも、着実に利益を生み出す優良企業の姿を示しました。その強みは、京福グループとしての高い信頼と、タクシー、貸切バス、路線バスという3つの事業を有機的に連携させる総合力にあります。特に、安全性評価「三つ星」の取得は、同社が安全を経営の最優先事項と位置付けていることの何よりの証です。
人口減少や運転手不足など、地方交通が抱える課題は決して小さくありません。しかし、北陸新幹線の延伸という大きな追い風を受け、デマンド交通などの新しいサービスにも果敢に挑戦する同社は、これからも「安全・親切・快適・信頼」の四つ葉のクローバーを胸に、福井の地域交通の未来を明るく照らし続けていくに違いありません。
【企業情報】
企業名: ケイカン交通株式会社
所在地: 福井県あわら市国影37-61-2
代表者: 代表取締役 矢﨑 孝明
設立: 1967年5月13日
資本金: 32.76百万円
事業内容: タクシー事業、貸切バス事業、路線バス(コミュニティバス、デマンド交通)事業
株主: 京福バス株式会社 (京福グループ)