新型コロナウイルスのパンデミックを経て、私たちの「旅」に対する価値観は大きく変化しました。単に有名な観光地を巡るだけの旅行から、その土地ならではの食や文化、自然に深く触れ、心身ともに豊かになる「体験」を求める傾向が強まっています。このような新しい旅のニーズに応え、日本の観光産業に新たな風を吹き込もうとしている企業があります。
今回は、食の宝庫として知られる兵庫県・淡路島を拠点に、人材サービスの「パソナグループ」と老舗旅行会社の「日本旅行」がタッグを組んで設立した「株式会社All Japan Tourism Alliance」の決算を読み解き、そのユニークなビジネスモデルと、観光を通じた地域創生への挑戦に迫ります。

【決算ハイライト(第4期)】
資産合計: 157百万円 (約1.6億円)
負債合計: 11百万円 (約0.1億円)
純資産合計: 146百万円 (約1.5億円)
当期純損失: 24百万円 (約0.2億円)
自己資本比率: 約93.0%
利益剰余金: ▲24百万円 (約▲0.2億円)
【ひとこと】
設立4期目にあたる当期は24百万円の純損失を計上していますが、自己資本比率は約93.0%と極めて高い水準です。これは、パソナグループや日本旅行といった強力な株主の支援を背景に、短期的な黒字化よりも、新しい観光モデルの構築という未来への先行投資を優先している戦略の表れと言えるでしょう。
【企業概要】
社名: 株式会社All Japan Tourism Alliance
設立: 2021年
株主: 株式会社パソナグループ、株式会社日本旅行、株式会社ジャッツ関西、日本旅行ビジネスソリューションズ株式会社
事業内容: 兵庫県淡路島を拠点に、「食」や「健康」をテーマにした旅行商品の開発や、企業のテレワーク支援など、観光を通じた地域創生事業
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、淡路島が持つ豊かな地域資源を最大限に活用し、「新しい価値を持つツーリズム」を創造することに集約されています。従来の旅行会社の枠を超えた、ユニークなサービスを展開しています。
✔テーマ特化型の体験ツーリズム
画一的なパッケージツアーではなく、特定のテーマを深く掘り下げる旅行商品を企画・提供しています。「テロワールツーリズム」では、御食国(みけつくに)として知られる淡路島の豊かな「食」をテーマに、生産者との交流などを通じてその土地の風土や文化を丸ごと味わう旅を提案します。また、「未病ツーリズム」では、健康の島・淡路島を舞台に、心と身体の健康を見つめ直すウェルネス志向の旅を提供しています。
✔法人向け地方創生サービス
個人の旅行者だけでなく、企業を対象としたサービスも展開しています。自然豊かな環境での新しい働き方を提案する「地方創生テレワーク」事業では、企業の研修やワーケーションの受け入れを行っています。また、企業の出張業務を代行するアウトソーシングサービスや、地域の魅力を伝える観光ガイドの育成といった人材開発事業も手掛けています。
✔強力な株主シナジー
同社の最大の独自性は、人材サービスと地方創生で実績のある「パソナグループ」と、旅行業界の雄である「日本旅行」という、異業種の大手企業が出資している点です。パソナが持つ地域ネットワークや企画力と、日本旅行が持つ旅行業のノウハウを融合させることで、他社にはないユニークな価値を創造しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
アフターコロナで観光需要が本格的に回復し、特に体験価値(コト消費)を重視する旅行スタイルが主流となりつつあることは、同社の事業にとって強力な追い風です。また、ワーケーションやブレジャー(ビジネス+レジャー)といった多様な働き方の広がりは、「地方創生テレワーク」事業の成長機会となっています。京阪神からのアクセスが良い淡路島という立地も、事業を展開する上で大きなアドバンテージです。
✔内部環境
当期24百万円の純損失は、新しい旅行商品の開発費用、マーケティング費用、そして質の高いサービスを提供するための人材育成費用といった、事業の土台作りに係る先行投資が主な要因と考えられます。利益剰余金はマイナスとなっていますが、資本金と資本準備金の合計が1.7億円あり、事業を継続・成長させていくための体力は十分に確保されています。
✔安全性分析
自己資本比率が約93.0%という数値は、財務の安定性が極めて高いことを示しています。これは、事業資金のほとんどを株主からの出資金で賄っており、借入への依存度が非常に低いことを意味します。流動資産(約1.5億円)が流動負債(約0.1億円)を大幅に上回っており、短期的な支払い能力も万全です。まさに、強力な株主に支えられながら、腰を据えて新しいビジネスモデルの確立に挑んでいるフェーズと言えるでしょう。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・パソナグループと日本旅行という強力な株主からの支援とシナジー
・自己資本比率約93.0%という盤石の財務基盤
・淡路島という全国的な知名度と魅力を持つ地域に根差した事業
・「食」「健康」「働き方」といった現代のニーズに合致した事業ポートフォリオ
弱み (Weaknesses)
・事業が立ち上げ期にあり、収益化が本格化するのはこれからという点
・事業エリアが淡路島に集中しており、地域特有のリスク(自然災害等)を受けやすい
・設立から間もないため、企業としてのブランド認知度がまだ低い
機会 (Opportunities)
・インバウンド(訪日外国人旅行)の本格回復と、日本の地方への関心の高まり
・ワーケーションや企業研修など、法人向け旅行市場の拡大
・サステナブルツーリズム(持続可能な観光)への世界的な関心の高まり
・瀬戸内海の島々との連携による、広域観光ルート開発の可能性
脅威 (Threats)
・OTA(オンライントラベルエージェント)をはじめとする、旅行業界内の競争激化
・国内外の景気後退による、旅行・レジャー需要の落ち込み
・新たな感染症の発生など、予測不能な外部リスク
・地域における観光専門人材の確保をめぐる競争
【今後の戦略として想像すること】
新しい観光ビジネスの創造という壮大なビジョンを実現するため、同社は段階的な成長戦略を描いていると考えられます。
✔短期的戦略
まずは、淡路島を舞台にした「テロワールツーリズム」や「未病ツーリズム」といった独自性の高い商品を磨き上げ、成功事例を数多く創出することに注力するでしょう。満足度の高い体験を提供することで、口コミやSNSでの評判を確立し、「淡路島のユニークな旅ならAJTA」というブランドイメージを構築することが急がれます。
✔中長期的戦略
淡路島で確立した成功モデルを、株主であるパソナグループや日本旅行の全国的なネットワークを活かして、他の地域へ横展開していくことが視野にあるはずです。社名に「All Japan」を冠している通り、淡路島での挑戦はその第一歩であり、将来的には日本の各地域の魅力を掘り起こす事業へと発展させていくことが期待されます。また、インバウンド富裕層をターゲットとした高付加価値なオーダーメイドツアーの開発も、収益性を高める上で重要な戦略となるでしょう。
【まとめ】
株式会社All Japan Tourism Allianceの第4期決算は、24百万円の純損失という数字の裏に、約93.0%という極めて高い自己資本比率と、未来への確かな先行投資の意志が隠されていました。同社は、単に旅行商品を販売する会社ではありません。パソナグループと日本旅行の強みを掛け合わせ、「食」「健康」「働き方」といった現代的なテーマで地域の魅力を再編集し、新しい価値を創造する「地域創生のプロデューサー」です。淡路島での挑戦を礎に、日本の観光産業、そして地方創生に新たな息吹をもたらす存在へと成長していくことが大いに期待されます。
【企業情報】
企業名: 株式会社All Japan Tourism Alliance
所在地: 兵庫県淡路市岩屋2942-26
代表者: 代表取締役 山本 真理子
設立: 2021年12月1日
資本金: 5,000万円
事業内容: 地域産業と連動した各種イベントの企画運営、地域活性化に係るコンサルティング事業、地域産業・自治体と連動した旅行商品開発、観光分野における調査事業
株主: 株式会社パソナグループ, 株式会社日本旅行, 株式会社ジャッツ関西, 日本旅行ビジネスソリューションズ株式会社