人口減少、少子高齢化、そして止まらない東京一極集中……。日本の地方が抱える構造的な課題は、ますます深刻化しています。この国家的な難問に対し、金融機関もまた、従来の融資や決済といった伝統的な役割を超え、地域社会の持続可能性に直接貢献することが強く求められる時代になりました。そんな中、メガバンクグループの一角を成す「りそな」が、銀行の枠組みを大胆に飛び出して設立した、異色の新会社があります。
今回は、その名に「地方(Local)に新たな扉(Door)を開く」という志を込めた、株式会社Loco Doorの決算を読み解きます。2022年に産声を上げたばかりの同社は、なぜ「教育」と「農業」というテーマを掲げて地方創生に挑むのか。設立3期目の決算書が示す「赤字」の本当の意味と、大手金融グループが描く未来への壮大な挑戦に迫ります。

【決算ハイライト(第3期)】
資産合計: 162百万円 (約1.6億円)
負債合計: 8百万円 (約0.08億円)
純資産合計: 154百万円 (約1.5億円)
当期純損失: 123百万円 (約1.2億円)
自己資本比率: 約95.1%
利益剰余金: ▲246百万円 (約▲2.5億円)
【ひとことコメント】
設立3期目のスタートアップとして、事業開発のための先行投資により約1.2億円の当期純損失を計上しています。しかし、資本金4億円という潤沢な初期投資により、純資産は約1.5億円、自己資本比率は約95.1%と極めて高い水準を維持しています。これは、親会社であるりそなホールディングスの強力な財務支援のもと、短期的な収益に捉われず、腰を据えた事業開発が行われていることを明確に示しています。
【企業概要】
社名: 株式会社Loco Door(ロコドア)
設立: 2022年7月1日
株主: 株式会社りそなホールディングス(100%)
事業内容: りそなグループが設立した「銀行業高度化等会社」として、地方創生を最大のミッションに掲げ、特に「教育」と「農業」を軸とした、地域の社会課題解決に資する事業を展開する。
【事業構造の徹底解剖】
株式会社Loco Doorの事業は、従来の銀行業務とは全く異なる、社会課題解決を目的としたソーシャルビジネスモデルです。2021年の銀行法改正によって可能となった「銀行業高度化等会社」という新しい枠組みを活用し、金融の枠を超えたユニークなアプローチで地方創生に挑んでいます。
✔壮大なミッション「持続可能な社会の構築」
同社の事業の根幹にあるのは、「教育が優れ、環境が豊かで、仕事が溢れる街の形成に貢献する」という壮大で明確なミッションです。金融機関が長年の地域との関わりの中で築き上げてきた、地方自治体や地元企業との深いネットワークや社会的な信用力を、あえて非金融分野で活用することで、地域の真の活性化を目指します。
✔事業のコアテーマは「教育×農業」
具体的な事業の柱として、未来を担う子供たちに向けた「食育」と、多くの地域で基幹産業である「農業」を掛け合わせた、ユニークなサービスを展開しています。例えば、子供たちがゲーム感覚で農業を楽しく学べる教育アプリを開発したり、IoT技術を搭載した近代的なビニールハウスを地域に設置し、そこを学校と連携したリアルな農業体験の場として提供したりするなど、デジタルとリアルを融合させた新しい教育の形を模索しています。
✔「銀行業高度化等会社」という新しい存在
かつて銀行は、法律によって金融に関連する業務しか手掛けることができませんでした。しかし、2021年の銀行法改正により、一定の条件下で認可を得ることで、地域活性化などに資する事業を行う子会社(銀行業高度化等会社)を設立できるようになりました。Loco Doorは、この新しい制度を活用してりそなグループが設立した、いわば「銀行から生まれた事業会社」の先駆けです。銀行が持つ潤沢な資金力や広範なネットワークを、地域が本当に必要としている事業に直接投下できる、新しい地方創生の形を追求しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
日本全体で「地方創生」は待ったなしの最重要課題であり、政府や地方自治体からの支援や連携の機会は豊富に存在します。また、教育分野では、知識の詰め込み型から、自ら課題を見つけて解決策を探る体験型の「探究学習」へとシフトしており、同社が提供する「教育×農業」という実践的なコンセプトは、現代の教育ニーズと強く合致しています。しかしながら、地方創生ビジネスは、多くのプレイヤーが様々なアプローチで参入している一方で、明確な収益モデルを確立することが非常に難しい領域でもあります。社会的な意義は非常に大きくても、ビジネスとしての持続可能性をいかにして確保するかが、すべてのプレイヤーにとっての大きな課題です。
✔内部環境
設立から赤字が続いている(累積損失である利益剰余金が約▲2.5億円)のは、新しいビジネスモデルをゼロから立ち上げるための、いわば必然的な先行投資の結果です。アプリの開発費用、全国の地域で実証実験を行うためのビニールハウスの建設費用、そして各分野の専門人材の採用費用などが、コストとしてかさんでいると推測されます。しかし、自己資本比率が95.1%と極めて高い点は、この事業がりそなグループの強力な財務的バックアップのもとで、長期的な視点で進められていることの証です。短期的な収益に追われることなく、社会課題の解決という本来のミッションに集中できる恵まれた環境が整っていると言えます。一方で、ウェブサイト上で主力サービスの一つであった教育アプリの新規取扱い中止が告知されており、事業戦略の大きな見直し、いわゆる「ピボット」が行われている最中である可能性がうかがえます。
✔安全性分析
自己資本比率95.1%は、スタートアップ企業としては異例の高さであり、財務の安全性は全く問題ありません。これは、親会社であるりそなホールディングスからの4億円という潤沢な資本金によって支えられています。負債はわずか8百万円であり、実質的に無借金経営です。赤字は続いていますが、純資産が約1.5億円以上残っており、事業戦略を再構築し、挑戦を継続するための体力は十分にあります。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・りそなホールディングスという、日本有数の金融グループの100%子会社であることによる、圧倒的な社会的信用力、潤沢な資金力、そして全国に広がるネットワーク。
・地方創生という、社会的な大義と多くのステークホルダーからの共感を呼びやすい事業テーマ。
・「銀行業高度化等会社」として、金融の枠を超えた事業展開が法的に可能であるという、先進性と事業の柔軟性。
弱み (Weaknesses)
・設立から日が浅く、ビジネスモデルがまだ確立されておらず、試行錯誤の段階にあること。
・社会貢献性の高い事業である一方、明確な収益化への道筋を確立することの難易度が高い。
・主力と見られていた教育アプリの取扱いを中止するなど、現時点での事業戦略に不透明な部分がある。
機会 (Opportunities)
・全国の地方自治体や教育委員会、農業法人などとの連携による、実証実験や事業展開の加速。
・りそなグループが取引する数多くの企業との協業による、新たな地方創生プロジェクトの創出。
・食育や探究学習、スマート農業といった、まさに時流に乗った事業テーマ性。
脅威 (Threats)
・事業の収益化が計画通りに進まず、先行投資が回収できないまま事業継続が困難になるリスク。
・解決を目指す対象である地方の人口減少や高齢化が、想定以上のスピードで進み、事業を展開する基盤そのものが失われていくリスク。
・同様の地方創生ビジネスを手掛ける、IT企業、大手コンサルティングファーム、NPO法人など、多様なプレイヤーとの競合。
【今後の戦略として想像すること】
主力サービスと見られていた教育アプリの取扱い中止という事実から、同社が大きな戦略転換期にあると推測されます。
✔短期的戦略
まずは、事業モデルの「ピボット(方向転換)」が急務となります。デジタルコンテンツ(アプリ)中心のアプローチから、りそなグループが持つ地域とのリアルな接点やネットワークという強みがより活かせる事業、例えば、IoTビニールハウスなどのリアルな「場」の提供や、地域課題解決のためのコンサルティングといった事業モデルへと、軸足を本格的に移す可能性があります。そして、特定の地域や学校と連携し、目に見える形での成功事例(モデルケース)を一つでも多く作ることが最優先課題となるでしょう。
✔中長期的戦略
将来的には、Loco Doorがハブとなり、地方が抱える課題(例:耕作放棄地、空き家、後継者不足の地元企業)と、それを解決したい都市部の企業や個人のニーズ(例:新規事業、サテライトオフィス、移住希望)をマッチングさせるような、地方創生プラットフォーム事業へと進化していくことが期待されます。銀行の枠を超えた、新しい形の「地域商社」のような存在を目指すのかもしれません。
【まとめ】
株式会社Loco Doorは、伝統的な銀行から生まれた、これからの地方創生の形を模索する、大胆なチャレンジャーです。単なる利益追求を第一義とするのではなく、「教育」「環境」「仕事」という根源的な切り口で地域の社会課題に真摯に向き合うその姿勢は、金融機関がこれから果たすべき新たな社会的役割を示す、象徴的な取り組みと言えるでしょう。
設立3期目での赤字は、この壮大なミッションに向けた産みの苦しみであり、むしろ親会社であるりそなグループの「本気度」を示すものと捉えるべきです。主力と見られたアプリ事業からの撤退は、失敗を恐れずに挑戦と修正を繰り返す、スタートアップならではのダイナミズムを感じさせます。金融機関の持つ巨大なリソースと、スタートアップの機動力を併せ持つこのユニークな企業が、日本の地方にどんな新しい扉を開いていくのか。その挑戦から目が離せません。
【企業情報】
企業名: 株式会社Loco Door(ロコドア)
所在地: 東京都江東区木場1丁目5番25号
代表者: 代表取締役社長 水流 勇雄
設立: 2022年7月1日
資本金: 4億円
事業内容: 地域の活性化等、持続可能な社会の構築に資する事業、農産物の生産および生産に係る業務委託、教育・学習コンテンツの企画、制作および販売など
株主: 株式会社りそなホールディングス(100%)