私たちがスーパーで手にする食品、薬局で購入する医薬品、そして工場で使われる精密な工業製品。これらが安全かつ品質を保ったまま私たちの元へ届くのは、その中身を守る「パッケージ」のおかげです。一見するとただのプラスチックフィルムに見えるその包装材が、実は酸素の侵入を防いだり、中身の品質を保持したりするための、何層にも重ねられたハイテク素材であることは、あまり知られていません。
今回は、大正8年(1919年)の創業から100年以上の歴史を持ち、履物製造から高機能プラスチックフィルムメーカーへと華麗な変貌を遂げた、スタープラスチック工業株式会社の決算を読み解き、日本の産業を陰で支える老舗メーカーの技術力と、その堅実な経営に迫ります。

【決算ハイライト(第58期)】
資産合計: 6,385百万円 (約63.9億円)
負債合計: 4,699百万円 (約47.0億円)
純資産合計: 1,686百万円 (約16.9億円)
当期純利益: 122百万円 (約1.2億円)
自己資本比率: 約26.4%
利益剰余金: 1,607百万円 (約16.1億円)
【ひとことコメント】
高機能プラスチックフィルムの老舗メーカー。自己資本比率は26%台と標準的ですが、資本金の16倍を超える16億円の利益剰余金は、100年を超える歴史の中で着実に利益を積み上げてきた安定した収益力の証です。特に、医薬品や食品向けという高い品質が求められる市場で、確固たる地位を築いています。
【企業概要】
社名: スタープラスチック工業株式会社
設立: 1967年7月1日(創業1919年)
事業内容: 医薬品・医療、食品、工業製品向けの、多層高機能プラスチックフィルムおよびラミネート製品の製造・販売
【事業構造の徹底解剖】
スタープラスチック工業の事業は、単なるポリエチレン袋の製造ではなく、複数の異なる樹脂を同時に押し出して多層化する「多層共押出し」技術や、異なるフィルムを貼り合わせる「ラミネート」技術を核とした、高機能な軟包装材の製造に特化しています。
✔コア技術:「多層共押出しフィルム」
同社の技術力の象徴が、この多層フィルムです。これは、例えばAという樹脂が持つ「酸素を通さない性質」と、Bという樹脂が持つ「熱で簡単に接着できる性質」を、一枚のフィルムで同時に実現する技術です。これにより、食品の鮮度を長く保ったり、医薬品の品質を保護したりと、中身に合わせたオーダーメイドの機能を持つ包装材を生み出すことができます。
✔高付加価値市場への特化
同社が主戦場とするのは、極めて高い品質とクリーン度が求められる、参入障壁の高い市場です。
・ 医薬・医療分野: 医薬品の有効成分を保護するための原料袋や、滅菌処理が必要な医療機器のパッケージなどを供給。クリーンルームを備えた工場と、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)の理念に基づいた管理体制が、その品質を支えています。
・ 食品分野: マーガリンや液卵といった油脂製品の包装や、深絞り成形が必要な食品トレイ用のフィルムなどを製造。食品安全マネジメントシステムの国際規格である「FSSC 22000」の認証を取得し、高い安全性を確保しています。
・ 工業・化学分野: IT部品や高機能樹脂など、静電気や湿気を嫌う精密な工業製品向けの機能性フィルムも手掛けています。
✔環境対応への取り組み
世界の潮流であるサステナビリティにも対応し、環境配慮型製品の開発にも注力。プラスチック使用量の削減や、リサイクル性の向上といった、現代のパッケージに求められる社会的要請にも応えています。
【財務状況等から見る経営戦略】
同社の財務は、BtoBの製造業としての安定性と、長年の歴史に裏打ちされた堅実さを示しています。
✔外部環境
包装材業界は、顧客である食品・医薬品メーカーのニーズの高度化(より長い賞味期限、より高い安全性)と、社会からの環境配慮(脱プラスチック、リサイクル性向上)という、二つの大きな要請に同時に応えなければならない、難しい舵取りを求められています。また、原油価格の変動は、主原料である樹脂の価格に直結するため、コスト管理が常に重要な経営課題となります。
✔内部環境
同社は、汎用的な包装材の価格競争から距離を置き、医薬品向けなどの高い品質が求められるニッチな高付加価値市場に特化することで、安定した収益基盤を築いています。創業100年を超える歴史の中で築き上げた顧客との信頼関係と、多層フィルムに関する深い技術的ノウハウが、他社にはない競争優位性の源泉となっています。
✔安全性分析
自己資本比率26.4%は、製造設備への投資が必要なメーカーとして、安定性を保った健全な水準です。総資産約64億円のうち、固定資産が約27億円を占めており、これは兵庫県の小野市と神戸市にある、クリーンルームなどを備えた高度な生産設備への投資を示しています。何より注目すべきは、資本金99百万円に対して、その16倍以上にあたる16億円もの利益剰余金を蓄積している点です。これは、長年にわたり安定して黒字経営を続け、着実に利益を内部留保してきたことの力強い証明です。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・ 創業100年を超える歴史と、顧客との深い信頼関係。
・ 「多層共押出し」をはじめとする、高機能フィルムに関する高度な技術力。
・ 医薬・医療向けなど、参入障壁が高く、高付加価値な市場での確固たる地位。
・ FSSC 22000やISO9001といった、品質と安全性を証明する多数の国際認証。
弱み (Weaknesses)
・ 事業が原油価格を起点とする、樹脂原料の市況価格の変動に影響されやすい。
・ BtoB事業が中心であり、一般消費者へのブランド認知度が低い。
機会 (Opportunities)
・ 世界的な食品ロス削減への意識の高まりによる、より高機能な食品包装材への需要増。
・ 再生医療やバイオ医薬品といった、最先端の医療分野における、特殊な包装材の新たなニーズ。
・ バイオマスプラスチックやリサイクル原料を用いた、サステナブルな包装材市場の拡大。
脅威 (Threats)
・ 包装材業界における、大手化学メーカー系企業などとの競争激化。
・ 社会的な「脱プラスチック」の動きが加速した場合の、市場全体の縮小リスク。
・ 製造業全般に共通する、人手不足や人件費の上昇。
【今後の戦略として想像すること】
このSWOT分析を踏まえ、スタープラスチック工業は今後、その技術力を活かして「サステナビリティ」と「高機能化」を両立させる方向に、さらに舵を切っていくことが予想されます。
✔短期的戦略
まずは、得意分野である医薬・医療分野でのシェアをさらに拡大していくことが重要です。再生医療といった最先端分野のニーズを的確に捉え、研究開発段階から顧客と一体となって、オンリーワンの包装材を開発していくことで、その地位を盤石なものにしていくでしょう。
✔中長期的戦略
中長期的には、「サステナブルな高機能素材メーカー」への進化が期待されます。例えば、リサイクルが容易な単一素材(モノマテリアル)でありながら、従来の多層フィルムと同等のバリア性を持つような、革新的な環境配慮型フィルムの開発です。これが実現できれば、食品ロス削減とプラスチック問題の解決という、二つの社会課題を同時に解決するキープレイヤーとなり得ます。創業以来の「ものづくり」のDNAを活かし、次の100年も社会に必要とされる企業へと進化を遂げていくことでしょう。
【まとめ】
スタープラスチック工業株式会社は、大正時代の履物問屋にその源流を持ち、1世紀以上の時を経て、現代の医療や食品、工業を支える高機能フィルムメーカーへと進化を遂げた、まさに「ものづくり企業」の鑑です。私たちが普段何気なく手に取るパッケージの裏側には、同社が長年培ってきた、目に見えない高度な技術が凝縮されています。16億円を超える利益剰余金は、その着実な歩みと、顧客からの揺るぎない信頼の証です。これからも、日本の産業に不可欠な「縁の下の力持ち」として、そして持続可能な社会に貢献する先進企業として、その活躍が期待されます。
【企業情報】
企業名: スタープラスチック工業株式会社
所在地: 大阪府大阪市北区菅原町5番1号
代表者: 宮脇 誠人
設立: 1967年7月1日(創業1919年)
資本金: 99百万円
事業内容: 多層共押出しフィルム・チューブ、ラミネート製品、各種製袋品など、高機能プラスチック包装材の製造・販売