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#3049 決算分析 : 医療法人社団宇部中央病院 第11期決算 当期純利益 ▲544百万円

深夜の急な発作、一刻を争う大怪我――。私たちの命と健康が脅かされたとき、最後の砦となるのが、24時間365日体制で患者を受け入れる地域の「中核病院」です。特に救急医療の現場では、高度な医療機器と多くの専門スタッフによる、迅速かつ的確な対応が求められます。しかし、その社会的使命の裏側で、こうした病院が極めて厳しい経営環境に置かれていることは、あまり知られていません。

今回は、山口県宇部市の救急搬送の半数以上を受け入れ、地域医療の最後の砦として機能する、医療法人社団宇部中央病院の決算を読み解きます。大企業の福利厚生施設から、地域に不可欠な独立した医療機関へと変貌を遂げた同院の、先行投資と社会的使命が映し出された財務状況に迫ります。

医療法人社団宇部中央病院決算

【決算ハイライト(第11期)】
資産合計: 6,780百万円 (約67.8億円)
負債合計: 5,240百万円 (約52.4億円)
純資産合計: 1,540百万円 (約15.4億円)
事業収益: 7,285百万円 (約72.9億円)
当期純損失: 544百万円 (約5.4億円)
自己資本比率: 約22.7%
繰越利益積立金: ▲1,459百万円 (約▲14.6億円)

【ひとことコメント】
事業収益72億円超という地域医療の中核を担う規模でありながら、当期は5.4億円の純損失を計上し、繰越利益積立金もマイナス(累積損失)となっています。これは、2017年の新病棟建設をはじめとする、地域の高度・救急医療体制を維持・強化するための大規模な先行投資が、減価償却費などとして会計上の費用となり表れているものと推測されます。

【企業概要】
社名: 医療法人社団宇部中央病院
設立: 1953年(2014年に医療法人社団として独立)
事業内容: 山口県宇部市を拠点とする地域医療支援病院。384床の病床を有し、22の診療科で高度急性期から回復期までの一貫した医療を提供。特に救急医療、脳疾患、がん治療などを重点領域とする。

www.ube-hp.or.jp


【事業構造の徹底解剖】
宇部中央病院の事業は、院長挨拶にもある通り「高度専門治療」と「救急医療」という二つの大きな柱で成り立っています。その歴史は、大手化学メーカー宇部興産(現:UBE)の企業立病院から、地域社会全体の医療を担う独立した中核病院へと、その役割を大きく変えてきた変革の物語でもあります。

✔高度専門治療の提供
同院は、脳疾患治療センター、消化器内視鏡センター、透析センターなどを擁し、22の診療科で専門性の高い治療を提供しています。2017年には新病棟を竣工し、最新の医療機器を導入するなど、設備投資を積極的に行うことで、がん、心疾患、糖尿病といった現代社会の主要な疾病に対応できる体制を構築しています。これは、地域住民が地元で質の高い医療を受けられるようにするための、まさに生命線となる事業です。

✔地域医療の最後の砦「救急医療」
同院のもう一つの重要な柱が、宇部市の救急搬送の半数以上を受け入れるという、地域における圧倒的な救急医療体制です。24時間365日、いついかなる時も患者を受け入れるためには、多くの医師や看護師、医療技術者を常に配置する必要があり、経営的には非常に大きな負担となります。しかし、これを維持することこそが、地域住民の安心・安全な暮らしを守るという、地域医療支援病院としての最大の使命です。

✔切れ目のない医療の提供
病床構成は、HCU(高度治療室)を備えた高度急性期から、急性期、地域包括ケア、回復期リハビリテーションまでを網羅しています。これにより、救急で運ばれた重篤な患者が、治療を経て社会復帰や在宅療養に至るまで、一貫した「切れ目のない医療」を院内で提供できる体制が整っています。


【財務状況等から見る経営戦略】
同院の財務状況は、地域医療を支えるための戦略的な投資と、その使命感が色濃く反映されています。

✔外部環境
地方都市における人口減少と高齢化は、医療需要の構造を大きく変化させています。生活習慣病や慢性疾患、そして救急搬送の必要性は高まる一方で、国の医療費抑制政策により、病院経営は常に厳しい圧力に晒されています。また、全国的な医師・看護師不足は、人件費の高騰を招き、病院経営をさらに圧迫する要因となっています。

✔内部環境
2014年にUBEグループから独立し、医療法人化したことが最大の転機です。これにより、企業の方針に左右されず、地域医療のニーズに即した迅速な意思決定が可能となりました。その象徴が2017年の新病棟建設です。これは、地域の医療ニーズに応え続けるために不可欠な戦略的投資であり、現在の貸借対照表に計上されている約53億円の有形固定資産の大部分を占めていると推測されます。この大規模な投資に伴う減価償却費が、現在の事業費用を押し上げ、会計上の損失を生み出している最大の要因と考えられます。

✔安全性分析
自己資本比率は約22.7%と、製造業などと比較すれば低い水準に見えるかもしれませんが、大規模な不動産・設備を持つ病院としては、決して危険な水準ではありません。「基金」として30億円の資本を有しており、資本基盤はしっかりしています。現在の損失は、未来の収益を生むための計画的な先行投資の結果であり、経営危機を示すものではないと解釈するのが妥当です。地域に不可欠なインフラとしての存在価値が、経営の安定性を下支えしています。


SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
宇部市における救急医療の半数以上を担う、地域に不可欠な存在。
地域医療支援病院としての公的な指定と、地域からの高い信頼。
・ 新病棟をはじめとする、近年の大規模投資によって整備された最新の医療設備。
・ 高度急性期から回復期までをカバーする、包括的な医療提供体制。

弱み (Weaknesses)
・ 先行投資に起因する、継続的な事業損失と累積損失。
・ 診療報酬という公定価格に収益が依存するため、自由な価格設定ができない。
・ 救急医療など、不採算となりがちな部門を多く抱えている。

機会 (Opportunities)
・ 地域の高齢化に伴う、脳疾患、がん、整形外科疾患などの専門治療への需要増大。
・ 医療DXの推進による、業務効率化と医療の質の向上。
・ 地域の診療所(かかりつけ医)との連携強化による、より効率的な医療提供体制(地域医療連携)の構築。

脅威 (Threats)
・ 全国的な医師・看護師・医療技術者不足と、それに伴う人材獲得競争の激化。
・ 国の診療報酬改定による、収益の減少リスク。
・ 大規模な災害発生時に、地域の医療需要が急増するリスク。


【今後の戦略として想像すること】
このSWOT分析を踏まえると、宇部中央病院は、先行投資を収益化させ、持続可能な経営体制を確立するフェーズに入っていくことが想定されます。

✔短期的戦略
まずは、新病棟や最新の医療機器の稼働率を最大化し、診療収益を向上させることが最優先課題となります。また、医療DXを積極的に推進し、電子カルテの高度活用や業務プロセスの見直しによって、医療従事者の負担軽減とコスト削減を図っていくことが重要です.

✔中長期的戦略
中長期的には、「専門性」と「地域連携」が鍵となります。脳疾患やがん治療、スポーツ整形外科といった得意分野のブランド力をさらに高め、宇部市外からも患者を惹きつける「デスティネーション病院」としての地位を確立することが期待されます。同時に、地域の診療所や介護施設との連携を一層密にし、急性期治療を終えた患者をスムーズに地域のケアへと繋ぐことで、病院の役割を明確化し、経営の効率化を図っていくでしょう。


【まとめ】
医療法人社団宇部中央病院は、一企業の福利厚生施設から、地域全体の命を守るインフラへと、劇的な変貌を遂げた地域の誇りとも言える医療機関です。現在の決算書に記された赤字は、衰退の兆候ではなく、未来の地域医療を支えるための「成長痛」と見るべきでしょう。最新の設備への大胆な投資は、高度な医療と救急体制を維持するという、地域住民に対する強いコミットメントの現れです。この先行投資が実を結び、医療の質の向上と経営の安定化を両立させたとき、宇部中央病院は、日本の地域医療が目指すべき一つの理想像として、さらに輝きを増すに違いありません。


【企業情報】
企業名: 医療法人社団宇部中央病院
所在地: 山口県宇部市大字西岐波750番地
理事長: 西崎 隆文
設立: 1953年(医療法人化は2014年)
事業内容: 384床を有する地域医療支援病院。内科、外科、脳神経外科、整形外科など22の診療科を標榜し、高度専門治療と救急医療を提供する。

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