私たちの学習や仕事、そして日々の暮らしに欠かせないノート、ペン、ファイルといった文房具。デジタル化が進む現代においても、手書きの温もりや文具の持つ機能美は、私たちの生活に彩りと潤いを与え続けてくれます。中三エス・ティ株式会社は、1964年の創業以来、60年以上にわたり、こうした文具や雑貨をメーカーから小売店へとつなぐ「卸売」の役割を担ってきた専門商社です。現在は出版取次最大手である日本出版販売(日販)グループの一員として、文具の枠を超えた新たな価値創造にも挑戦しています。今回は、私たちの身近な”当たり前”を支える老舗文具卸の決算を読み解き、その堅実な経営と、変化する時代への適応戦略に迫ります。
今回は、文具・雑貨の総合商社、中三エス・ティ株式会社の決算を読み解き、そのビジネスモデルや戦略をみていきます。

【決算ハイライト(第58期)】
資産合計: 1,102百万円 (約11.0億円)
負債合計: 859百万円 (約8.6億円)
純資産合計: 242百万円 (約2.4億円)
売上高: 1,650百万円 (約16.5億円)
当期純利益: 2百万円 (約0.02億円)
自己資本比率: 約22.0%
利益剰余金: 118百万円 (約1.2億円)
まず注目すべきは、売上高16.5億円という事業規模に対し、当期純利益が2百万円と、利益率が非常に低い点です。これは、多数の商品を仕入れて販売する「卸売業」特有の薄利多売なビジネスモデルを色濃く反映しています。一方で、自己資本比率は約22.0%と一定の安定性を保っており、約1.2億円の利益剰余金も着実に蓄積されています。厳しい利益環境の中でも、堅実な経営を続けていることがうかがえます。
企業概要
社名: 中三エス・ティ株式会社
設立: 1967年9月 (創業: 1964年9月)
株主: 日本出版販売株式会社(100%)
事業内容: 文具・オフィス用品・雑貨・キャラクター商品などの卸売販売
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、文具・雑貨メーカーと、文具店や書店、量販店などの小売店を結びつける「文具・雑貨の総合卸売事業」に集約されます。約500社のメーカーから商品を仕入れ、顧客である小売店のニーズに合わせて供給する、流通の中核を担っています。
✔卸売・物流機能
事業の根幹です。コクヨ、パイロット、三菱鉛筆といった大手文具メーカーから、キャラクターグッズや雑貨のメーカーまで、幅広い仕入先から商品を調達し、在庫を管理。小売店からの注文に応じて、商品を迅速に届ける物流機能を提供しています。
✔小売店への提案・サポート機能
単に商品を右から左へ流すだけでなく、小売店の売上向上を支援するコンサルティング機能も重要な役割です。店舗の立地や客層に合わせた最適な品揃えや売場づくりを提案したり、メーカーと共同で販促イベントを企画したりと、小売店のパートナーとして活動しています。年に3回の商談会開催や、総合カタログの発行も、こうしたサポートの一環です。
✔取扱商品の拡大
従来の文具やオフィス用品に留まらず、顧客である小売店の多様なニーズに応えるため、キャラクター商品、雑貨、ギフト商品、玩具、さらには書籍(BOOK)に至るまで、積極的に取扱品目を拡大しています。これにより、文具と雑貨、書籍を組み合わせたクロスマーチャンダイジング提案などを可能にしています。
✔日販グループとしてのシナジー
2022年より日本出版販売(日販)の100%子会社となっており、これが現在の同社の大きな特徴です。日販が持つ全国の書店への強固な販売網を活用できるほか、グループ企業が展開する雑貨事業(ダルトン)やグリーンレンタル事業などを組み合わせた、多角的な提案が可能となっています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
文具業界は、デジタル化の進展による筆記具や紙製品の需要減少、そして少子化という構造的な課題に直面しています。一方で、”推し活”や手帳デコレーションといった趣味性の高い分野では、高付加価値な文具やキャラクター商品の人気が高まっています。また、働き方の多様化に伴い、快適なオフィス環境を整えるためのオフィス用品や家具への需要も変化しています。卸売業としては、こうした消費トレンドの変化をいち早く捉え、小売店に提案していく能力が求められます。
✔内部環境
同社のビジネスモデルは、多くの商品を仕入れて販売するため、売上高は大きくなるものの、売上総利益率は低くなる傾向があります(薄利多売)。利益を確保するためには、効率的な在庫管理や物流システムの構築によるコスト削減が不可欠です。経済産業省から「中小企業IT経営力大賞」に認定された実績もあり、ITを活用した業務効率化には強みを持っていると推察されます。日販グループの一員となったことで、経営基盤の安定性は大きく向上しました。
✔安全性分析
自己資本比率は約22.0%であり、卸売業としては標準的な水準です。しかし、流動負債(約5.7億円)が流動資産(約4.8億円)を上回る「流動負債超過」の状態にあり、短期的な資金繰りにはやや課題が見られます。これは、商品を仕入れてから販売・代金回収するまでの間に支払いサイトが到来する、卸売業特有の運転資金需要を反映したものです。親会社である日販の信用力を背景に、金融機関との良好な関係が構築されていると考えられます。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・創業60年の歴史で培われた、文具業界における豊富な経験とメーカー・小売店との信頼関係
・日本出版販売(日販)グループの一員であることによる、強固な経営基盤と書店ルートへの販路
・文具から雑貨、キャラクター商品までを網羅する、約500社のメーカーとの幅広い取引関係
・ITを活用した業務効率化の実績
弱み (Weaknesses)
・卸売業特有の低い利益率
・流動負債超過に見られる、短期的な財務の不安定さ
・親会社である日販の業績や経営方針に自社の戦略が影響される可能性
機会 (Opportunities)
・趣味性の高い高付加価値文具や、”推し活”関連グッズなど、新たな成長市場の開拓
・日販グループのネットワークを活用した、書店における文具・雑貨売場の拡大提案
・働き方改革やオフィスのフリーアドレス化に伴う、新たなオフィス用品・家具の需要
・ECマーケットプレイスへの出店など、デジタルチャネルでの販路拡大
脅威 (Threats)
・デジタル化やペーパーレス化の進展による、伝統的な事務用品市場の縮小
・メーカーによる直販(D2C)や、オンライン通販の拡大による、卸売業の中抜きリスク
・物流費や人件費の継続的な上昇圧力
・少子化による、学童文具市場の長期的な縮小
【今後の戦略として想像すること】
厳しい事業環境の中で、同社が持続的な成長を遂げるためには、以下の戦略が考えられます。
✔短期的戦略
収益性の改善が最優先課題です。プライベートブランド商品の開発や、利益率の高い雑貨・キャラクター商品の販売構成比を高めることで、全体の利益率向上を図ります。また、親会社である日販との物流網の共同利用などを進め、コスト削減を徹底することが求められます。
✔中長期的戦略
単なる「卸売業」から、小売店向けの「総合ソリューションプロバイダー」への進化がテーマとなります。日販グループの強みを最大限に活かし、「書籍と文具・雑貨の融合」をコンセプトとした、魅力的な売場作りを提案するコンサルティング機能を強化していくでしょう。例えば、特定のテーマ(アウトドア、料理、アートなど)に沿って、関連書籍と雑貨、文具を組み合わせた棚を丸ごとプロデュースするなど、小売店の売上向上に直接貢献する独自の価値を提供していくことが期待されます。
【まとめ】
中三エス・ティ株式会社は、単に文具を右から左へ流す中間流通業者ではありません。それは、60年の長きにわたり、メーカーの想いと小売店のニーズをつなぎ、私たちの生活やビジネスシーンに快適さと潤いを提供し続けてきた専門商社です。今期決算では、卸売業特有の厳しい利益環境が示されたものの、日販グループという強力な基盤のもと、着実な経営が行われています。今後は、文具卸で培ったノウハウと、日販グループの書店ネットワークという二つの強みを掛け合わせることで、これまでにない新しい価値を創造し、変化の時代を乗り越えていくことが期待されます。
【企業情報】
企業名: 中三エス・ティ株式会社
所在地: 東京都台東区寿3-10-10
代表者: 代表取締役社長 長 豊光
設立: 1967年9月 (創業: 1964年9月)
資本金: 1億円
事業内容: 文具・オフィス用品・雑貨・キャラクター商品などを通じて、あらゆる生活シーン、様々なビジネスシーンに快適さと潤いをご提供します。
株主: 日本出版販売株式会社(100%)