私たちが目にする自動車の、流麗で強靭なボディ。その複雑な形状は、一枚の鋼板を巨大なプレス機で打ち抜くことで形作られます。この時、製品の品質やデザインの根幹を決定づけるのが「金型」です。金型は、同じ形の製品を何万、何十万個と生み出すための”母”であり、自動車産業におけるモノづくりの心臓部と言っても過言ではありません。愛知県津島市に拠点を置く株式会社TDECは、この自動車用プレス金型の設計・製造を担う専門企業。本田技研工業の100%子会社として、ホンダ車はもちろん、国内外の多様な自動車メーカーの生産ラインを支えています。100年に一度の大変革期を迎えた自動車業界で、その根幹を支える企業の今に迫ります。
今回は、自動車産業の基盤を支えるプレス金型メーカー、株式会社TDECの決算を読み解き、そのビジネスモデルや戦略をみていきます。

【決算ハイライト(第75期)】
資産合計: 3,428百万円 (約34.3億円)
負債合計: 2,828百万円 (約28.3億円)
純資産合計: 601百万円 (約6.0億円)
当期純利益: 110百万円 (約1.1億円)
自己資本比率: 約17.5%
利益剰余金: 506百万円 (約5.1億円)
今回の決算における最大の注目点は、自己資本比率が約17.5%と低い水準にあるなど、財務面で課題を抱えながらも、当期純利益として1.1億円の黒字を確保している点です。流動負債が流動資産を上回るなど厳しい財務状況下で、本業ではしっかりと利益を生み出す収益力があることを示しています。親会社である本田技研工業の強力な支援のもと、事業改革を進めていることがうかがえる決算内容と言えるでしょう。
企業概要
社名: 株式会社TDEC
設立: 1951年5月
株主: 本田技研工業株式会社(100%)
事業内容: 輸送機器用プレス金型の設計・製造、プレス加工、自動車用動力モーター生産、技術者派遣
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、自動車の生産プロセスに不可欠な金型・部品を供給する「トータルソリューション事業」として展開されています。
✔輸送機器用プレス金型事業
同社の創業以来の中核事業です。自動車のドアやフェンダーといったボディパネル、さらには車体の骨格を形成する構造部品などを作るための大型プレス金型を手掛けています。顧客の製品図面をもとに、CAE(コンピュータ支援エンジニアリング)を駆使した設計から、CAM(コンピュータ支援製造)による精密加工、そして完成した金型を顧客の生産ラインへ据え付け調整するまで、一貫したサービスを提供できる高い技術力が強みです。
✔輸送機器用プレス加工事業
自社で製造した金型を使い、自動車メーカー向けにプレス部品そのものを生産・供給する事業です。特に、軽量でありながら高い強度を持つ「ホットスタンプ(熱間プレス)部品」の委託生産なども行っており、部品メーカーとしての役割も担っています。
✔自動車用動力モーター生産事業
2018年に開始した比較的新しい事業で、同社の未来を占う上で非常に重要です。自動車業界の電動化(EVシフト)という巨大な潮流に対応するため、EVの心臓部である動力モーターの生産を手掛けています。これは、従来の金型事業への依存から脱却し、事業ポートフォリオを多様化するための戦略的な一手と言えます。
✔技術者派遣事業
長年の金型づくりで培った高度なスキルを持つ技術者を、顧客である自動車メーカーや部品メーカーへ派遣する事業です。自社のノウハウをサービスとして提供することで、収益源の多様化を図っています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
自動車業界はEVシフト、自動運転技術、CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)といった技術革新の荒波の中にいます。EVはエンジン車とボディ構造が大きく異なるため、バッテリー搭載スペースを確保するための新しい構造や、車体軽量化のための新素材に対応した金型技術が求められています。これは同社にとって大きなビジネスチャンスであると同時に、対応できなければ脅威ともなり得ます。また、世界的な鋼材価格の高騰やサプライチェーンの混乱は、製造コストを押し上げ、収益性を圧迫する深刻な課題です。
✔内部環境
低い自己資本比率という課題を抱えながらも黒字を達成した背景には、親会社である本田技研工業からの安定的な受注に加え、新規事業であるモーター生産が収益に貢献し始めたことなどが考えられます。原材料高など厳しいコスト環境を吸収し、利益を確保するだけの事業運営能力、すなわち「稼ぐ力」があることを証明しました。経営上の最大の強みは、引き続き本田技研工業の100%子会社であることです。
✔安全性分析
自己資本比率が約17.5%と、製造業の一般的な目安とされる30%を下回っており、財務基盤の強化が急務であることは間違いありません。また、流動負債が流動資産を約8億円上回る「流動負債超過」の状態は、短期的な資金繰りがタイトであることを示唆しています。しかし、重要なのは、このような財務状況下でも事業自体は黒字であるという点です。今後は、事業で得た利益を内部留保として着実に積み上げ、親会社の支援も受けながら財務体質を改善していくことが当面の経営課題であると考えられます。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・親会社である本田技研工業との強固な連携による安定した事業基盤
・厳しい環境下でも利益を確保できる事業運営能力
・設計から製造、据付までを一貫して手掛ける高度なプレス金型技術
・EVの基幹部品である動力モーター生産事業への進出による将来性
弱み (Weaknesses)
・自己資本比率の低さや流動負債超過に示される脆弱な財務基盤
・親会社であるホンダへの高い事業依存度
・自動車業界全体の生産変動やコスト削減圧力の影響を受けやすい収益構造
機会 (Opportunities)
・EVシフトに伴う、新型車開発の活発化と、バッテリーケースなどEV特有の部品用金型の需要創出
・第二の柱であるEV用動力モーター生産事業の本格的な拡大
・CAE解析やAIなどの最新技術を活用した、金型開発のリードタイム短縮と高精度化
・培った精密加工技術の、航空宇宙や産業機械といった他分野への展開
脅威 (Threats)
・世界的な景気後退による自動車販売台数の減少と生産調整
・鋼材などの原材料価格やエネルギーコストの継続的な高騰
・海外の安価な金型メーカーとのグローバルな競争激化
・EV化の進展によるプラットフォーム共通化が進み、金型の種類が減少するリスク
【今後の戦略として想像すること】
厳しいながらも黒字を確保した今、持続的な成長を遂げるためには、以下の戦略が考えられます。
✔短期的戦略
最優先課題は、引き続き財務体質の改善です。今回確保した利益を着実に内部留保として積み上げ、自己資本の増強を図ることが不可欠です。親会社の支援も活用しながら、有利子負債の圧縮や運転資金の安定化を進め、黒字体質を定着させることが求められます。
✔中長期的戦略
事業の二本柱である「金型」と「モーター」の双方で、EVシフトへの対応を加速させることが成長の鍵となります。金型事業では、EV特有の軽量高剛性なボディ構造や、バッテリーケース一体成型といった最先端のニーズに応える技術開発に注力します。そして、第二の収益の柱である動力モーター生産事業を本格的に拡大させ、経営の安定化と成長の両立させていくことが期待されます。
【まとめ】
株式会社TDECは、日本のモノづくりを象徴する自動車産業の、まさに屋台骨を支えるプレス金型のプロフェッショナル集団です。本田技研工業の完全子会社として、その品質と生産性に深く貢献してきました。今期決算では、自己資本比率の低さなど財務面での課題は残るものの、1.1億円の当期純利益を確保し、厳しい事業環境を乗り越える確かな収益力を示しました。同社は現状に甘んじることなく、EVの心臓部である動力モーター生産という新たな領域へ果敢に挑戦しています。これは、EVシフトという脅威を、自らを変革させる絶好の機会と捉えている証左です。今後は、親会社の強力な支援のもと、事業が生み出す利益によって財務課題を克服し、次世代自動車のモノづくりをリードする企業へと飛躍を遂げることが期待されます。
【企業情報】
企業名: 株式会社TDEC(ティーデック)
所在地: 愛知県津島市越津町字新田30番地の1
代表者: 代表取締役社長 宮島 康
設立: 1951年5月
資本金: 9,000万円
事業内容: 輸送機器用プレス金型、プレス加工、プレス金型技術者派遣、自動車用動力モーター生産
株主: 本田技研工業株式会社(100%)