急速な高齢化が進む現代日本において、地域医療の充実は、そこに住む人々が安心して暮らし続けるための生命線です。特に、急性期の治療を終えた後の回復期のリハビリテーションや、長期的な療養、そして在宅復帰への支援といった「ポスト急性期」医療の重要性は、ますます高まっています。大病院が担う急性期治療と、住み慣れた自宅での生活とを、切れ目なく繋ぐ役割。この極めて重要な医療機能を、千葉県印旛郡酒々井町を中心に担っているのが、今回取り上げる「医療法人社団千葉光徳会」です。中核となる「千葉しすい病院」は、療養病棟や回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟などを組み合わせ、地域の高齢者医療を包括的に支えています。「いのちを支える、心に寄り添う。」を理念に掲げる同法人は、どのような経営を行っているのか。第29期決算公告から、その事業内容と財務状況に迫ります。

【決算ハイライト(第29期)】
資産合計: 9,132百万円 (約91.3億円)
負債合計: 5,270百万円 (約52.7億円)
純資産合計: 3,862百万円 (約38.6億円)
売上高: 4,075百万円 (約40.8億円)
当期純利益: 130百万円 (約1.3億円)
自己資本比率: 約42.3%
利益剰余金: 2,706百万円 (約27.1億円)
まず注目すべきは、約41億円という大きな事業収益(売上高)を上げ、1.3億円の当期純利益を確保している点です。厳しい経営環境に置かれることの多い療養型病院でありながら、安定した収益力を有していることがうかがえます。純資産(積立金)は約38.6億円、その中核となる繰越利益積立金が約27.1億円と潤沢にあり、長年にわたり着実な経営が行われてきたことが見て取れます。
企業概要
社名: 医療法人社団千葉光徳会
事業内容: 千葉県酒々井町を拠点に、中核施設「千葉しすい病院」(311床)を運営。医療療養、回復期リハビリ、地域包括ケアといったポスト急性期医療に特化し、訪問看護やケアプランセンターも展開する。
【事業構造の徹底解剖】
同法人の事業は、急性期病院での治療を終えた患者が、安心して在宅や地域での生活に戻るまでを、一貫してサポートする「地域完結型医療・介護サービス」です。
✔中核施設「千葉しすい病院」の多機能な病棟構成
同法人の強みは、311床という大規模な病床を、地域のニーズに合わせて機能分化させている点にあります。
・医療療養病棟(171床):急性期の治療を終え、なお長期的な医療的管理が必要な患者を受け入れる、病院の主軸となる病棟。
・回復期リハビリテーション病棟(41床):脳血管疾患や大腿骨骨折などの患者に対し、集中的なリハビリテーションを行い、在宅復帰を強力に支援する病棟。
・地域包括ケア病棟(42床):急性期治療後の経過観察や、在宅療養中の患者の一時的な入院など、柔軟な受け入れを行う、地域医療のセーフティネットとなる病棟。
・一般障害者病棟(57床):重度の障害を持つ患者を受け入れる専門病棟。
これらの多様な病棟が連携することで、患者一人ひとりの状態に合わせた、最適な医療を提供できる体制を構築しています。
✔医療から介護・在宅までをシームレスに繋ぐサービス
病院機能だけでなく、退院後の生活を見据えたサービスも自前で展開しています。
・訪問看護ステーション/訪問リハビリテーション:看護師やリハビリ専門職が患者の自宅を訪問し、医療的ケアやリハビリを提供。
・通所リハビリテーション:日帰りでリハビリに通えるサービスを提供。
・ケアプランセンター:ケアマネージャーが在宅での介護サービス計画を作成。
これらの付帯事業により、入院から退院、そして在宅での療養生活までを、法人のスタッフが切れ目なくサポートする「シームレスなケア」を実現しています。
✔グループ施設との連携
さらに、介護医療院「あきやまの郷」や介護老人保健施設「みさきの郷」といったグループ施設とも連携。病院での治療後の受け皿として、より幅広い選択肢を地域に提供しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
日本の高齢者人口は今後も増加を続け、2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となります。これにより、同法人が主戦場とするポスト急性期医療や在宅医療・介護への需要は、ますます増大することが確実です。国も、病院完結型医療から地域完結型医療への転換を強力に推進しており、同法人のようなケアミックス型の病院と在宅サービスを一体的に提供する事業モデルは、まさに国の政策の方向性と合致しています。
✔内部環境
2019年12月に、旧中沢病院から「千葉しすい病院」として大規模な新築移転を敢行しました。貸借対照表の有形固定資産が約61.6億円、負債の部の固定負債が約45.2億円と大きいのは、この大規模投資の結果です。自己資本比率が7.1%と低いのは、このための長期借入金が主な要因であり、事業拡大のための戦略的な財務選択と言えます。損益計算書を見ると、本業の儲けを示す事業利益(営業利益)は1億円を確保。高い収益力で、この大型投資の借入金を計画的に返済していく経営モデルです。
✔安全性分析
自己資本比率が低い点はリスク要因ですが、事業の安定性と収益力が高いため、金融機関との良好な関係が維持できていると推察されます。短期的な支払い能力を示す流動比率(流動資産÷流動負債)も約261%と極めて高く、当面の資金繰りには全く問題はありません。潤沢な繰越利益積立金(約27.1億円)は、将来の不測の事態に備えるための強力なバッファとなります。今後は、生み出した利益を内部留保として蓄積し、自己資本比率を徐々に高めていくことが、長期的な安定経営のための課題となります。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・療養、回復期、地域包括ケアと、多様な機能を持つ病棟構成による、幅広い患者受け入れ能力。
・入院から在宅までを切れ目なくサポートする、シームレスな医療・介護サービス提供体制。
・2019年に新築移転した、最新の医療機器を備えた近代的で快適な病院施設。
・40億円を超える事業収益を上げる、地域内での圧倒的な事業規模とブランド力。
弱み (Weaknesses)
・新病院建設に伴う多額の借入金による、低い自己資本比率。
・医療・介護業界に共通する、専門職(医師、看護師、セラピスト等)の人材確保の難しさ。
機会 (Opportunities)
・地域における高齢者人口の増加と、それに伴う療養・リハビリ需要のさらなる拡大。
・国の地域医療構想や地域包括ケアシステム推進という、強力な政策的追い風。
・近隣の急性期病院との「病・病連携」強化による、紹介患者の増加。
脅威 (Threats)
・診療報酬・介護報酬のマイナス改定による、収益の圧迫リスク。
・専門職の人材獲得競争の激化と、人件費の高騰。
・新たな感染症の発生などによる、病院運営への予期せぬ影響。
【今後の戦略として想像すること】
この事業環境と財務状況を踏まえ、同法人が今後どのような戦略を描いていくか、以下のように想像します。
✔短期的戦略
まずは、新病院の機能を最大限に活かし、地域の急性期病院との連携(病・病連携)や、地域の診療所との連携(病・診連携)をさらに強化することに注力するでしょう。急性期病院から早期に患者を受け入れ、質の高いリハビリテーションを提供してスムーズに在宅復帰させるというサイクルを確立することで、地域での存在価値を不動のものにします。同時に、安定した収益を確保し、借入金の着実な返済と内部留保の積み増しによる財務体質の改善を進めていきます。
✔中長期的戦略
病院を核とした「まちづくり」への展開も視野に入れているかもしれません。病院周辺に、高齢者向けの住宅や、地域の多世代が交流できるコミュニティスペースなどを整備することで、医療・介護・生活支援が一体となった「ヘルスケアタウン」のような構想です。また、ICTやAI技術を積極的に導入し、遠隔診療やオンラインでのリハビリ指導、見守りサービスなどを展開することで、より効率的で質の高い在宅医療・介護サービスの提供を目指していくことも期待されます。
【まとめ】
医療法人社団千葉光徳会の決算は、大規模な先行投資を経て、新たな成長ステージへと踏み出した、地域中核病院の力強い姿を映し出すものでした。低い自己資本比率という課題はありますが、それを補って余りある高い収益性と、時代のニーズに合致した事業モデルは、大きな将来性を感じさせます。同法人は単なる病院ではありません。それは、地域の高齢者が病気や障害を抱えても、住み慣れた場所で、尊厳を持って安心して暮らし続けることを可能にする、まさに「地域のインフラ」です。「いのちを支える、心に寄り添う。」という理念のもと、これからも千葉・酒々井の地で、地域医療の最後の砦として、その重要な役割を果たし続けていくことが期待されます。
【企業情報】
企業名: 医療法人社団千葉光徳会
所在地: 千葉県印旛郡酒々井町上岩橋1160-2
代表者: 理事長 徳田 哲
事業内容: 千葉しすい病院(311床)を中心とした、医療療養、回復期リハビリテーション、地域包括ケア、在宅医療・介護サービスの提供