日本の未来を担う若者たちの、学びへの意欲と可能性。それが経済的な理由によって妨げられることがあってはならない――。多くの人が抱くこの願いを、具体的な形で社会に還元する一つの美しい仕組みが「奨学財団」です。企業の利益追求とは対極にある、社会貢献というフィランソロピー(博愛主義)の世界。その運営は、いかにして成り立っているのでしょうか。今回は、自動車部品メーカー「協和合金株式会社」の創業者の遺志を継ぎ、1978年の設立以来、45年以上にわたって神奈川県の学生を支援し続けている「公益財団法人栗原奨学財団」の決算公告を読み解きます。営利を目的としない公益法人の、極めて健全な財務諸表。そこに秘められた、創業者から受け継がれる崇高な理念と、それを未来永劫にわたり継続していくための堅実な経営のあり方に、深く迫ります。
今回は、神奈川県の学生を支える公益財団法人栗原奨学財団の決算を読み解き、その揺るぎない財務基盤とサステナブルな社会貢献モデルをみていきます。

【決算ハイライト(13期)】
資産合計: 383百万円 (約3.8億円)
負債合計: 0百万円 (約0.0億円)
純資産合計: 383百万円 (約3.8億円)
利益剰余金: 353百万円 (約3.5億円) ※一般正味財産を該当
まず衝撃的とも言えるのが、その鉄壁の財務基盤です。総資産約3.8億円に対し、負債はわずか3万5千円と、実質的に完全な無借金経営です。企業の健全性を示す自己資本比率に相当する正味財産比率は約100%に達しており、これ以上なく安定した状態と言えます。これは、奨学金という継続性が何よりも重要な事業を行う上で、極めて堅実かつ透明性の高い資産管理・運営が行われていることの力強い証左です。まさに、未来を担う若者たちの夢を預かるにふさわしい、揺るぎない「金庫」の姿がここにあります。
企業概要
社名: 公益財団法人栗原奨学財団
設立: 1978年7月
事業内容: 神奈川県在住・在学の高校生・大学生への返済不要の奨学金給与事業
【事業構造の徹底解剖】
栗原奨学財団の事業は、営利企業のそれとは全く異なります。その構造は、「創業者(個人)の熱い想いを、企業(母体)が永続的に支え、社会(未来の若者)に還元し続ける」という、サステナブルな社会貢献モデルそのものです。
✔給付型奨学金事業
財団の活動のすべては、この事業に集約されます。対象となるのは、神奈川県内に在住し、県内の高校・大学に在学する、学業優秀かつ心身ともに健全でありながら、経済的な理由で修学が困難な学生です。彼らに対し、返済義務が一切ない「給付型」の奨学金(高校生は月額1万円、大学生は月額2万円)を提供しています。これは、学生が卒業後に返済のプレッシャーを感じることなく、安心して学業に専念し、自らの夢を追いかけるための直接的な支援です。社会に有用な人材を一人でも多く育てること。それが、この事業の唯一無二の目的です。
✔資産運用事業(財源の確保)
この崇高な事業を永続的に支えているのが、巧みな財源確保の仕組みです。財団の基金は、母体である協和合金株式会社の創業者、故・栗原義潤氏の遺産によって設立されました。そして、その基金の一部である協和合金の株式から得られる「配当金」が、現在の奨学金事業の主な原動力となっています。これは、協和合金が安定した事業を続け、利益を上げ続ける限り、財団の社会貢献活動もまた、安定して継続できることを意味します。企業の成長が、そのまま未来を担う若者への投資に繋がる、極めて美しく、合理的な循環モデルと言えるでしょう。
✔その他の事業や特徴など
この財団の根底に流れているのは、創業者・栗原義潤氏の原体験です。幼少期に家運が傾き、大変な苦学の末に大学を卒業し、一度は事業に成功するも、敗戦で無一文となり帰国。そこから再び協和合金を興し、日本の自動車産業の発展に貢献するまでに至りました。自らの経験から、「向学心がありながら経済的に恵まれない若者を助けたい」と強く願ったその遺志が、今も財団の活動の隅々にまで息づいています。また、支援対象を人生の大半を過ごした「神奈川県」に限定している点も、地域社会への深い感謝と貢献の念の表れです。
【財務状況等から見る経営戦略】
公益財団法人の経営戦略は、利益の最大化ではなく、「事業の永続性」と「目的の着実な遂行」にあります。
✔外部環境
教育費の高騰や、家庭間の経済格差の拡大を背景に、返済不要の「給付型奨学金」に対する社会的なニーズは年々高まっています。国や自治体、他の民間企業も奨学金制度を拡充しており、支援を求める学生にとっては選択肢が増えています。また、近年高まる企業のESG/SDGs(持続可能な開発目標)への関心は、栗原奨学財団のような社会貢献活動を行う団体への寄付や連携といった、新たな支援の輪が広がる機会も生み出しています。一方で、日本経済全体の長期的な停滞は、母体である協和合金の業績、ひいては財団の財源である配当金に影響を及ぼすリスクも内包しています。
✔内部環境
財団の最大の強みは、協和合金からの配当金という、比較的予測可能で安定した収益源を持つことです。そして、決算公告に記載された所在地が「協和合金株式会社内」であることから、事務所の賃料や人件費といった管理コストを極限まで抑え、資産のほとんどを奨学金給付という本来の目的のために効率的に活用している、無駄のない運営体制が推察されます。
✔安全性分析
財務の安全性は、前述の通り、これ以上ないほど万全です。負債が実質ゼロであることに加え、資産の内訳を見ると、固定資産が約3.6億円と全体の94%以上を占めています。これは、基金の大部分が株式などの有価証券として、長期的な視点で安定的に保有・運用されていることを示唆しています。短期的な市場の変動に一喜一憂することなく、永続的な事業運営を可能にする、まさに公益財団法人の理想的な資産構成です。この鉄壁の財務こそが、設立から45年以上にわたり、途切れることなく学生への支援を続けることを可能にしてきた最大の要因です。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・母体である協和合金株式会社の安定経営に支えられた、継続的な財源
・負債がほぼゼロ、正味財産比率約100%という、極めて健全で盤石な財務基盤
・45年以上の奨学金事業で培われた、神奈川県内の教育機関や地域社会からの厚い信頼
・創業者自身の体験に基づく「苦学生を支援したい」という、揺るぎなく純粋な設立理念
弱み (Weaknesses)
・財源を協和合金からの配当金に大きく依存しており、同社の業績に財団の活動が左右されるリスクがある
・自己資金による運営が基本であるため、支援する学生数を急激に増やすなどの事業規模の拡大が難しい
・広報活動が限定的で、財団の存在やその崇高な理念が、支援を必要とする学生や社会にまだ十分に知られていない可能性
機会 (Opportunities)
・経済格差の拡大を背景とした、返済不要の「給付型奨学金」への社会的なニーズの増大
・企業のCSR活動や個人の寄付文化の広がりによる、協和合金以外からの新たな資金(寄付)獲得の可能性
・過去の奨学生(OB/OG)とのネットワークを構築し、彼らが新たな支援者となる好循環を生み出すこと
・申請や選考プロセスのオンライン化による、運営業務の効率化と学生の利便性向上
脅威 (Threats)
・日本経済の長期的な停滞や、自動車業界の構造変化が、母体企業の業績に与える影響
・世界的なインフレや金融市場の不安定化による、保有資産価値の実質的な目減りのリスク
・国や他の大規模な財団が提供する、より手厚い奨学金制度との比較
・公益法人として求められる、ガバナンス体制や情報公開基準のさらなる厳格化への対応
【今後の戦略として想像すること】
営利企業の成長戦略とは異なり、財団の戦略は「いかにして創業者の遺志を未来永劫にわたり、最も効果的な形で実現し続けるか」にあります。
✔短期的戦略
まずは、財団の存在と活動を、より広く社会に、そして支援を必要とする学生自身に届けるための情報発信の強化が考えられます。ウェブサイトの情報をさらに充実させたり、SNSなどを活用したりすることで、創業者の想いや奨学生の声を伝え、財団への共感の輪を広げていくことが重要です。また、神奈川県内の高校や大学の進路指導担当者との連携をさらに密にし、制度が本当に必要とされる学生へ的確に届くような体制を維持・強化していくでしょう。
✔中長期的戦略
長期的には、財源の多様化がテーマとなる可能性があります。協和合金という強力な柱を維持しつつも、創業者の理念に共感する個人や法人からの寄付を募る仕組みを構築することで、財団の基盤はより強固になります。また、過去に支援した奨学生たちが社会で活躍し始めた際に、彼らが「後輩のために」と財団を支える側になるような、OB/OGネットワークを構築することも考えられます。これは、金銭的な支援だけでなく、現役奨学生へのキャリア相談など、人的な支援の輪を広げることにも繋がり、財団の価値をさらに高めるでしょう。
【まとめ】
公益財団法人栗原奨学財団は、総資産約3.8億円のほぼ全てが正味財産という、鉄壁の財務基盤を誇ります。この財団は、単に学生にお金を給付する団体ではありません。それは、一人の創業者(故・栗原義潤氏)の「苦学する若者の力になりたい」という純粋で熱い願いを、母体企業(協和合金)が永続的に支え、45年以上にわたって未来への投資(人材育成)を続ける、サステナブルな社会貢献の仕組みそのものです。その揺るぎない財務基盤と創業者の理念を元に、これからも経済的な困難を抱える神奈川の若者たちにとっての希望の光であり続け、社会に有用な人材を着実に育んでいくことが期待されます。
【企業情報】
企業名: 公益財団法人栗原奨学財団
所在地: 神奈川県横浜市金沢区鳥浜町17番4 協和合金株式会社内
代表者: 代表理事 髙島 眞澄
設立: 1978年7月
事業内容: 神奈川県下に在住し、神奈川県下の高校、大学に在学する生徒、学生で、学業優秀でかつ心身ともに健全でありながら、学資の支弁が困難と認められる者への奨学金の給与