短期的な利益追求から、より人間的で持続可能な経営へ。気候変動や社会の分断といった複雑な課題に直面する現代、世界の企業経営者に大きなパラダイムシフトが求められています。この難題に対し、論理的な経営戦略と、人間中心のデザイン思考を融合させるという、全く新しいアプローチで挑むプロフェッショナル集団が誕生しました。それが、ENND PARTNERS株式会社です。「デザイン思考」の世界的権威ティム・ブラウン氏と、トップ戦略コンサルタントである岩渕匡敦氏が共同で創業し、博報堂DYホールディングスが支援する、まさに”ドリームチーム”。今回は、この未来を発明しようとする新会社の決算を読み解きます。
今回は、デザイン思考と経営戦略を融合させ、企業の変革を支援するENND PARTNERS株式会社の決算を読み解き、そのビジネスモデルや戦略をみていきます。

【決算ハイライト(2期)】
資産合計: 38百万円 (約0.4億円)
負債合計: 395百万円 (約4.0億円)
純資産合計: ▲357百万円 (約▲3.6億円)
当期純損失: 457百万円 (約4.6億円)
利益剰余金: ▲457百万円 (約▲4.6億円)
まず注目すべきは、純資産がマイナスの「債務超過」という財務状況です。設立2期目にして約4.6億円の当期純損失を計上し、巨額の先行投資を行っていることが明確にわかります。通常であれば極めて危険な状態ですが、同社が博報堂DYホールディングスグループの支援を受ける戦略的企業であることを踏まえる必要があります。これは事業不振ではなく、世界トップクラスの人材を集め、新たな経営モデルを構築するための、計算された「戦略的投資フェーズ」にあることを示しています。
企業概要
社名: ENND PARTNERS株式会社
設立: 2024年3月
事業内容: 人間中心設計(デザイン思考)と経営戦略を統合した、企業変革支援、経営層向けアドバイザリー、新事業・サービス構想など
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、従来のコンサルティングの枠を超える、極めて高度な「協働型プロフェッショナルサービス」です。
✔人間中心設計と経営戦略の融合
同社の最大の特徴は、IDEOの名誉会長であるティム・ブラウン氏が提唱する「デザイン思考」と、ボストン・コンサルティング・グループなどで培われた論理的な「経営戦略」を真に統合する点にあります。顧客や従業員を「人間」として深く洞察し、そこから得られるインサイトを、製品開発だけでなく、経営戦略の再構築や組織変革そのものに適用します。
✔CEO・次世代リーダーへの伴走
メインターゲットは、企業のトップであるCEOや、未来を担う次世代リーダーです。事業の成長と社会課題の解決を両立する経営モデルの構想や、パーパス(企業の存在意義)に基づいた従業員の変革支援など、企業の最も複雑で本質的な課題解決を、長期的なパートナーとして共に遂行します。
✔グローバルなクリエイティブ集団「kyu」との連携
同社は、博報堂DYホールディングス傘下の世界的クリエイティブサービス企業集団「kyu」と提携しています。これにより、デザイン、行動経済学、社会学など、多様な分野における世界トップレベルの専門的知見を活用できる、他に類を見ない体制を構築しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
債務超過という財務状況の背景にある経営戦略を分析します。
✔外部環境
VUCAの時代と言われる現代において、多くの日本企業が既存の経営モデルの限界に直面し、本質的な変革(トランスフォーメーション)を迫られています。従来のコンサルティングサービスだけでは解決できない複雑な課題に対し、同社が提唱するような新しいアプローチへの需要は、潜在的に非常に大きいと言えます。
✔内部環境
同社のビジネスモデルは、世界トップクラスの才能を持つ人材そのものが資本です。設立初期の巨額の損失は、こうした人材の獲得と、独自のメソドロジーを構築するための研究開発に要したコストの表れです。この大胆な先行投資を可能にしているのが、100%親会社である博報堂DYホールディングスの存在です。親会社の財務的支援と戦略的コミットメントのもと、短期的な収益にとらわれず、長期的な視点で革新的なサービス開発に集中できる体制が整っています。
✔安全性分析
単体の貸借対照表だけを見れば、資産を大きく上回る負債を抱える債務超過であり、財務安全性は極めて低い状態です。しかし、これは実態を正確に表していません。負債の大部分は親会社からの借入金であると推察され、実質的には親会社が開発資金を供給している形です。つまり、同社の財務安全性は、親会社の経営体力と、この事業に対する戦略的なコミットメントによって完全に担保されています。これは、倒産の危機にある企業ではなく、巨大メディアグループの未来を担う、戦略的なR&D企業と見るべきです。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・ティム・ブラウン氏、岩渕匡敦氏という、世界的知名度と実績を誇る創業者
・「デザイン思考×経営戦略」という、ユニークで先進的なアプローチ
・博報堂DYホールディングスおよびkyuという、グローバルなクリエイティブネットワークと強力な資金的バックアップ
弱み (Weaknesses)
・事業が設立初期段階にあり、単体では巨額の赤字・債務超過状態
・まだ新しい会社であり、ブランドの浸透と実績の積み上げが必要
機会 (Opportunities)
・日本企業における、経営変革やイノベーション創出への強いニーズ
・ESGやパーパス経営といった、人間中心の経営モデルへの関心の高まり
・アジア企業を対象とした、グローバルなコンサルティング市場への展開
脅威 (Threats)
・マッキンゼーやBCGといった、既存の大手戦略コンサルティングファームとの競合
・企業の経営課題が複雑であり、成果を出すまでのリードタイムが長い
・景気後退による、企業のコンサルティング予算の削減
【今後の戦略として想像すること】
この事業環境を踏まえ、同社が持続的に成長するための戦略を考察します。
✔短期的戦略
まずは、日本のトップ企業数社をクライアントとして、象徴的な成功事例を創出することが最優先課題です。デザイン思考を取り入れた経営改革がいかに大きな事業的インパクトを生むかを具体的に示すことで、その独自のアプローチの有効性を証明し、ブランドを確立していくでしょう。
✔中長期的戦略
「経営層と次世代リーダーの長い旅のパートナー」として、日本を代表する企業群の変革を支える存在となることを目指していると考えられます。将来的には、日本で確立した「人間性とサイエンスを融合した新たな経営モデル」を、アジア、そして世界の企業へと展開していくことが期待されます。企業の枠組みを超え、社会システムや公共セクターへの提言を行う、シンクタンクのような役割も担っていく可能性があります。
【まとめ】
ENND PARTNERS株式会社の決算書は、一見すると危機的な数字が並んでいますが、その本質は全く逆です。それは、博報堂DYホールディングスの未来を賭けた、壮大な知的探求プロジェクトへの投資の記録です。論理だけでは解けない複雑な時代に、人間中心の創造性で新たな道を切り拓こうとするその挑戦は、極めて野心的で、大きな可能性を秘めています。この先行投資が、やがて日本の経営のあり方をアップデートする大きなうねりとなるか、その動向から目が離せません。
【企業情報】
企業名: ENND PARTNERS株式会社
所在地: 東京都港区赤坂5丁目3番1号 赤坂Bizタワー
代表者: 岩渕 匡敦
設立: 2024年3月
資本金: 1億円
事業内容: CEOや経営層、組織のリーダーを対象とした、協働型のプロフェッショナルサービス。人間中心設計(デザイン思考)と経営戦略を統合し、経営変革、新事業・サービス構想、組織・カルチャー変革などを支援する。