カーボンニュートラル社会の実現に向け、再生可能エネルギーへの期待がかつてなく高まっています。太陽光や風力と並び、安定した電力供給が可能なエネルギー源として注目されるのが、植物由来の燃料を燃やす「バイオマス発電」です。しかし、その事業には巨額の初期投資と、持続可能な燃料の安定確保という大きな課題が伴います。
今回は、佐賀県伊万里市を舞台に、大規模なバイオマス発電事業を始動させた、株式会社伊万里グリーンパワーの決算を読み解きます。2025年4月の本格運転開始を目前に控えた、巨大プロジェクトの財務状況と、その事業が持つ可能性に迫ります。

【決算ハイライト(第10期)】
資産合計: 41,068百万円 (約410.7億円)
負債合計: 32,446百万円 (約324.5億円)
純資産合計: 8,623百万円 (約86.2億円)
売上高: 486百万円 (約4.9億円)
当期純利益: 164百万円 (約1.6億円)
自己資本比率: 約21.0%
利益剰余金: ▲856百万円 (約▲8.6億円)
この決算書は、巨大な発電所が本格稼働する直前の姿を映し出しています。総資産約411億円のうち、その大半を占める約376億円が固定資産であり、これは完成した発電所そのものを示しています。この巨額の投資は、約325億円の負債(プロジェクトファイナンス等)と、約86億円の純資産によって賄われており、自己資本比率は約21.0%と、インフラプロジェクトとして健全な資本構成です。約8.6億円の利益剰余金マイナス(累積欠損)は、商業運転開始前の開発・建設期間中に発生した先行費用であり、想定内のものです。本格稼働前の試運転等によるものとみられる約4.9億円の売上と、1.6億円の当期純利益を計上しており、プロジェクトが最終段階へ進んでいることがうかがえます。
企業概要
社名: 株式会社伊万里グリーンパワー
設立: 2016年9月1日
株主: テス・エンジニアリング株式会社 (100%)
事業内容: 佐賀県伊万里市における、PKS(パーム椰子殻)を主燃料とする定格出力46,000kWのバイオマス発電所の運営
【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、「佐賀伊万里バイオマス発電所」という単一の巨大プロジェクトの運営に集約されています。これは、特定の事業目的のために設立された特別目的会社(SPC)の典型的な形です。
✔発電・売電事業
事業の核心は、2025年4月から本格稼働した発電所で、年間約3億kWhの電力を生産し、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)に基づき、電力会社へ販売することです。FIT制度により、事業期間中(原則20年間)は国が定めた固定価格で電力を買い取ってもらえるため、極めて安定的で予測可能性の高い収益が見込めます。
✔燃料調達
バイオマス発電の生命線である燃料の安定確保において、同社は大きな強みを持っています。主燃料のPKS(パーム椰子殻)は、親会社であるテス・エンジニアリングのグループ会社がインドネシアで運営する燃料供給会社(IGE)から調達します。この燃料は、持続可能性に関する国際的な第三者認証「GGL認証」を取得しており、環境・社会への配慮と、グループ内での安定的な燃料サプライチェーンの構築を両立しています。
✔地域貢献
大規模な発電所として、地元・伊万里市との共生を重視しています。伊万里市と環境保全協定を締結し、環境負荷の低減に努めるほか、発電所の運転・保守や燃料供給といった事業活動を通じて、地域の産業振興や雇用創出に貢献することを目指しています。
✔その他、特筆すべき事業や特徴
この事業は、再生可能エネルギー分野で多くの実績を持つテス・エンジニアリング株式会社が、100%株主として全面的にバックアップしています。親会社の持つ技術力とノウハウが、発電所の安定的かつ効率的な運営を支える基盤となります。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
国策としてのカーボンニュートラル推進は、同社にとって最大の追い風です。FIT制度による収益の安定性に加え、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視する投資)の世界的な潮流も、バイオマス発電事業のようなグリーンプロジェクトへの資金調達を後押しします。一方で、燃料であるPKSの国際価格の変動や、その持続可能性に対する社会的な要求の高まりは、常に注視すべき外部リスクです。
✔内部環境
同社のビジネスモデルは、巨額の初期投資を、長期にわたる安定した収益で回収していく、典型的なインフラ事業モデルです。約325億円という大規模な負債は、このプロジェクトの将来のキャッシュフローを担保としたプロジェクトファイナンスによって組成されたものと考えられます。累積欠損は先行投資の結果であり、2025年4月からの本格稼働によって、今後は安定的に利益を積み上げていくフェーズに移行します。
✔安全性分析
自己資本比率21.0%は、巨額の資金を要するインフラプロジェクトとしては、健全な水準です。事業の安全性は、財務比率そのものよりも、①FIT制度に裏付けられた収益の安定性、②発電所の安定稼働能力、③燃料の安定調達能力、という3つの要素によって測られます。この点において、同社は国内制度に支えられ、かつグループ内で燃料調達を完結できる強固な事業基盤を有しており、安定性は非常に高いと評価できます。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・FIT制度に基づく、長期的かつ安定的な収益基盤
・グループ内での燃料調達による、持続可能かつ安定したサプライチェーン
・親会社であるテス・エンジニアリングの高い技術力と事業ノウハウ
・定格出力46,000kWという、大規模な発電能力
弱み (Weaknesses)
・単一の発電所に100%依存する、事業リスクの集中
・プロジェクトファイナンスによる、巨額の負債
・本格稼働が始まったばかりで、長期的な運転実績がまだない
機会 (Opportunities)
・カーボンニュートラルへの社会的な要請の高まりによる、再生可能エネルギーの価値向上
・企業の脱炭素ニーズに応える、非化石証書などの環境価値の販売
・バイオマス発電所の安定運転で培ったノウハウを、親会社の次のプロジェクトに活かすこと
脅威 (Threats)
・発電所の重大な設備トラブルによる、長期的な運転停止リスク
・PKS燃料の国際価格の急騰や、サプライチェーンの混乱
・FIT制度の将来的な変更や、より厳格な環境規制の導入
・大規模な自然災害による、発電所や港湾設備への被害
【今後の戦略として想像すること】
2025年4月に本格稼働を開始した今、同社の戦略は明確です。
✔短期的戦略
最優先課題は、発電所の「安全・安定運転」の確立です。計画通りの発電量を維持し、安定したキャッシュフローを生み出すことで、巨額の負債を計画通りに返済していくことが求められます。燃料の受け入れから発電、送電に至るまで、すべてのオペレーションを最適化し、効率を高めていく段階です。
✔中長期的戦略
FIT制度が適用される20年間にわたり、設備の適切なメンテナンスを通じて高い稼働率を維持し、事業収益を最大化することが目標となります。負債を完済した後は、親会社であるテス・エンジニアリングにとって、安定した収益源となることが期待されます。このプロジェクトの成功は、親会社が次の再生可能エネルギープロジェクトへ投資するための重要な基盤となります。
【まとめ】
株式会社伊万里グリーンパワーは、日本のエネルギーの未来を担う、大規模バイオマス発電プロジェクトそのものです。第10期決算は、約411億円という巨額の投資が完了し、まさにエネルギーを生み出す直前の、期待と緊張感が入り混じった姿を映し出しています。
FIT制度という安定した収益基盤と、グループ内で完結する持続可能な燃料調達という独自の強みを併せ持つこのプロジェクトは、成功への確かな道筋を描いています。2025年4月から始まった商業運転により、この決算書上の大きな資産と負債は、これから20年間にわたり、日本の脱炭素化に貢献するクリーンな電力と、安定した収益へと姿を変えていくことでしょう。佐賀・伊万里の地から、日本の新しいエネルギーの未来が始まります。
【企業情報】
企業名: 株式会社伊万里グリーンパワー
所在地: 佐賀県伊万里市黒川町塩屋5番地42(七ツ島工業団地内)
代表者: 代表取締役社長 平倉 正章
設立: 2016年9月1日
資本金: 1億円
事業内容: バイオマス等を原料とした発電事業並びに電気の供給及び販売等
株主: テス・エンジニアリング株式会社(100%出資)