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#1885 決算分析 : 東京国際エアカーゴターミナル株式会社 第19期決算 当期純利益 2,529百万円

私たちが海外から購入する商品、工場で使われる精密部品、そして生鮮食品や医薬品。その多くは、24時間眠らない空の物流網「国際航空貨物」によって運ばれています。その日本の玄関口であり、首都圏の経済を支える最重要拠点の一つが、羽田空港の国際貨物ターミナルです。今回は、この巨大インフラの運営を担う「東京国際エアカーゴターミナル株式会社(TIACT)」の決算公告を深く読み解きます。そこには、年間約25億円という高い純利益を上げながらも、80億円以上の「債務超過」に陥っているという、一見矛盾した経営の姿が映し出されていました。日本の国際物流の心臓部で、一体何が起きているのか。その謎に迫ります。

今回は、羽田空港の国際貨物ターミナルを運営するという、日本の国際物流において極めて重要な役割を担う、東京国際エアカーゴターミナル株式会社の決算を読み解き、その事業内容と特殊な財務構造をみていきます。

東京国際エアカーゴターミナル決算

決算ハイライト(第19期)
資産合計: 4,980百万円 (約49.8億円)
負債合計: 13,453百万円 (約134.5億円)
純資産合計: ▲8,473百万円 (約▲84.7億円)

営業収益: 12,127百万円 (約121.3億円)
当期純利益: 2,529百万円 (約25.3億円)

利益剰余金: ▲12,673百万円 (約▲126.7億円)

 

今回の決算は、極めて特徴的で、分析のしがいのある内容です。まず損益計算書を見ると、営業収益約121億円に対し、営業利益約27億円、最終的な当期純利益で約25億円と、非常に高い収益力を誇っています。しかし、貸借対照表に目を転じると、状況は一変します。純資産はマイナス約85億円という、深刻な「債務超過」の状態にあります。利益剰余金もマイナス約127億円と、巨額の累積損失を抱えています。高収益なのに、なぜ債務超過なのか。この謎を解く鍵は、同社が「PFI事業」として設立された、その特殊な成り立ちにあります。

 

企業概要
社名: 東京国際エアカーゴターミナル株式会社 (TIACT)
設立: 2006年6月22日
株主: 三井物産株式会社 (100%出資)
事業内容: 「PFI法」に基づき、東京国際空港羽田空港)国際線地区貨物ターミナルの整備・運営事業を行う。

www.tiact.co.jp

 

【事業構造の徹底解剖】
同社の事業は、羽田空港における国際航空貨物の地上ハンドリングと、関連施設の管理・運営に集約されます。

PFI事業としてのターミナル運営
同社の事業は、「PFI(Private Finance Initiative)法」に基づいています。これは、国や自治体が行う公共施設の建設・運営を、民間の資金とノウハウを活用して行う手法です。同社は、三井物産グループが代表企業となって国から事業者として選定され、羽田空港の国際貨物ターミナルを自ら建設し、その運営権を長期にわたって担っています。このため、羽田空港の国際貨物においては、独占的な地位を持つ事業者となります。

✔24時間眠らない国際物流ハブ
羽田空港の最大の強みは、24時間運用可能であることと、日本最大の消費地・生産地である首都圏に位置する立地です。同社は、この利点を最大限に活かし、24時間365日のノンストップオペレーションで、世界中から到着する貨物と、日本全国から集まる貨物の結節点として機能しています。豊富な国内線ネットワークとの連携により、日本各地と世界を最短で結ぶ物流を実現しています。

✔高付加価値貨物への対応
同社は、単に貨物を捌くだけでなく、特別な取り扱いが必要な高付加価値貨物に対応する専門施設とサービスを有しています。例えば、厳格な温度管理が求められる医薬品専用の保管スペース「Pharma Transit」や、貴金属などの貴重品を世界標準の金庫で保管・管理する「Super Security Vault」などです。これにより、付加価値の高い貨物を誘致し、収益性を高めています。

 

【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
国際航空貨物の需要は、世界経済の動向、特にEコマースの拡大や、半導体・電子部品、医薬品といった高付加価値産品の貿易量に大きく影響を受けます。近年では、サプライチェーンの強靭化が求められる中で、リードタイムが短い航空貨物の重要性が再認識されています。羽田空港の国際線発着枠の拡大も、同社にとって直接的な事業機会の増大に繋がります。

✔内部環境(高収益と債務超過の謎)
同社の財務状況を理解するためには、PFI事業の特性を理解する必要があります。
・初期の巨額投資: 同社は事業開始にあたり、ターミナルビルの建設に莫大な初期投資を行いました。これは主に借入金で賄われます。
・会計上の損失: 事業開始後、この巨大な建物や設備の「減価償却費」と、借入金の「支払利息」が、費用として毎年巨額に計上されます。事業が軌道に乗るまでの初期段階では、これらの会計上の費用が収益を上回り、決算書の上では赤字(当期純損失)となり、それが「累積損失(利益剰余金マイナス)」として蓄積されていきます。
・潤沢なキャッシュフロー: 一方で、減価償却費は実際にお金が出ていく費用ではないため、事業から得られる現金(キャッシュフロー)は潤沢です。損益計算書を見ても、減価償却費が含まれる「営業原価」を差し引いた後の営業利益は、約27億円と非常に高水準です。
つまり、同社の「債務超過」は、経営不振によるものではなく、PFI事業特有の会計処理の結果生じた「見かけ上のもの」であり、事業そのものは極めてキャッシュ創出力の高い、優良なビジネスであると言えます。

✔安全性分析
財務安全性は、通常の基準で測ることはできません。自己資本比率がマイナスであるため、指標上は極めて危険と判断されます。しかし、同社の事業は、国との長期契約に基づいた、極めて安定した独占事業です。収益の予測可能性が非常に高く、キャッシュフローも潤沢であるため、金融機関もそれを理解した上で巨額の融資を行っているものと推測します。安全性は、財務比率ではなく、この「事業の安定性」と、親会社である三井物産の強力な信用力によって担保されています。

 

SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
羽田空港の国際貨物ターミナルを運営する、PFI法に基づく独占的・安定的な事業基盤
・24時間稼働と首都圏隣接という、羽田空港の圧倒的な立地優位性
・医薬品や貴重品など、高付加価値貨物に対応できる専門施設とノウハウ
三井物産グループの一員であることによる、高い信用力とグローバルなネットワーク

弱み (Weaknesses)
PFI事業の会計特性に起因する、見かけ上の債務超過という財務状態
・事業が羽田空港という単一拠点に集中しているための、地理的リスク
・航空貨物量という、世界経済の動向に左右される事業環境

機会 (Opportunities)
・Eコマースのグローバルな拡大に伴う、国際航空貨物需要の増大
半導体や医薬品など、高付加価値で航空輸送が不可欠な製品の貿易量の増加
羽田空港のさらなる国際線発着枠の拡大
・自動化技術(AGVなど)の導入による、ターミナルオペレーションのさらなる効率化

脅威 (Threats)
・世界的な景気後退による、国際的な貿易・物流全体の停滞
・成田空港や、アジアの他のハブ空港(仁川、香港など)との競争激化
・燃料費の高騰による、航空会社のコスト増と、それが運賃に転嫁されることによる需要への影響
・大規模な自然災害やパンデミックによる、空港機能の停止リスク

 

【今後の戦略として想像すること】
キャッシュフロー創出力の高い優良事業を、今後さらに進化させていくことが予想されます。

✔短期的戦略
まずは、潤沢なキャッシュフローを元手に、計画的に借入金を返済し、バランスシートの健全化(債務超過の解消)を進めていくことが最優先事項です。同時に、オペレーションの効率化を常に追求し、高い収益性を維持していきます。

✔中長期的戦略
「Simple・Speedy・Safety」というコンセプトをさらに進化させ、テクノロジーの活用を加速させるでしょう。例えば、ターミナル内での貨物搬送の自動化や、AIを活用した貨物の流量予測による効率的な人員・機材配置など、次世代の「スマート・エアカーゴターミナル」の実現を目指していくことが期待されます。また、親会社である三井物産のグローバルネットワークを活用し、新たな航空会社の誘致や、海外の荷主へのアプローチを強化していくことも考えられます。

 

まとめ
東京国際エアカーゴターミナル株式会社の第19期決算は、約25億円という高い純利益を上げながらも、約85億円の債務超過という、一見不可解な財務状況を示しました。しかし、これは経営不振の証ではなく、PFI事業という官民連携の巨大インフラプロジェクト特有の会計上の特性によるものです。その実態は、日本の空の玄関口・羽田空港の国際物流を独占的に担う、極めてキャッシュ創出力の高い超優良事業です。初期投資の負担を乗り越え、今後は潤沢な利益を元にバランスシートの改善を進めながら、日本の国際競争力を支えるハブとして、その重要性はますます高まっていくことでしょう。

 

企業情報
企業名: 東京国際エアカーゴターミナル株式会社 (TIACT)
所在地: 東京都大田区羽田空港二丁目6番3号
代表者: 代表取締役社長 足立 浩一
設立: 2006年6月22日
資本金: 2,400百万円
事業内容: PFI法に基づく、東京国際空港羽田空港)国際線地区貨物ターミナルの整備・運営事業。
株主: 三井物産株式会社 (100%出資)

www.tiact.co.jp

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