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#1790 決算分析 : 三京ダイヤモンド工業株式会社 第62期決算 当期純利益 1百万円

コンクリートや石材といった硬い物質を、まるでバターのように切り裂くダイヤモンドカッター。その代名詞ともいえる伝説的な製品「SDカッター」を生み出し、日本の建設・製造現場を半世紀以上にわたり支えてきたのが、三京ダイヤモンド工業株式会社です。電動工具の世界ブランド「HiKOKI(旧日立工機)」グループの一員として、その“切れ味”を担う同社の決算書には、自己資本比率91%超、利益剰余金21億円超という、驚異的なまでの財務健全性が示されていました。しかし、その同じ決算書に記されていた今期の純利益は、わずかに100万円。鉄壁の財務を誇る“切断の王者”が、なぜ利益なき戦いを強いられたのか。その決算書から、日本のものづくりが直面する厳しい現実と、老舗メーカーの底力に迫ります。

三京ダイヤモンド工業決算

決算ハイライト(第62期)
資産合計: 2,498百万円 (約25.0億円)
負債合計: 218百万円 (約2.2億円)
純資産合計: 2,280百万円 (約22.8億円)

当期純利益: 1百万円 (約0.0億円)

自己資本比率: 約91.3%
利益剰余金: 2,185百万円 (約21.9億円)

 

第62期(令和7年3月31日時点)の決算で、まず目を奪われるのは、91.3%という驚異的な自己資本比率です。これは、会社の資産の9割以上が返済不要の自己資本で賄われていることを意味し、実質的な無借金経営である、まさに“鉄壁”の財務基盤を物語っています。21.9億円という莫大な利益剰余金は、1966年の創業以来、いかに高い収益を上げ続けてきたかの証左です。しかし、その一方で、今期の純利益はわずか100万円。ほぼゼロという結果です。歴史的に高収益を誇ってきた優良企業が、なぜ利益を出せなかったのか。この大きなギャップこそが、今回の分析の最大のポイントとなります。

 

企業概要
社名: 三京ダイヤモンド工業株式会社
設立: 1966年11月19日
本社所在地: 東京都大田区平和島
株主背景: 電動工具メーカーの工機ホールディングス株式会社(HiKOKI)のグループ企業。
事業内容: 各種ダイヤモンド工具(コンクリートカッター、研削ホイールなど)の製造および販売。

www.sankyo-diamond.co.jp

 

【事業構造の徹底解剖】
三京ダイヤモンド工業の強みは、地球上で最も硬い物質である「ダイヤモンド」を自在に操り、あらゆるものを「切る、削る、磨く」道具へと変える、高度な技術力にあります。

✔ビジネスの核心:「SDカッター」の伝説と技術力
1982年に発売された乾式ダイヤモンドカッター「SDカッター」は、それまで水を使って冷却しながら切るのが当たり前だったコンクリート切断の常識を覆し、現場の作業効率を劇的に向上させた革命的な製品でした。「SDカッターの三京」として、その名は業界に轟き、今日に至るまで同社の代名詞となっています。

✔事業の2本柱と親会社シナジー

建設用工具:SDカッターに代表される、コンクリートや石材、タイルなどを切断するダイヤモンドカッターが主力です。これらは、親会社であるHiKOKIの電動工具(ディスクグラインダなど)の「刃」として、全国のプロの職人たちに愛用されています。

工業用ホイール:工場の製造ラインで、超硬合金やセラミックといった硬い素材を精密に研削するための、工業用ダイヤモンドホイールも手掛けています。これは、自動車部品や電子部品の製造に不可欠な、高い技術力が求められるBtoB事業です。
このビジネスは、HiKOKIとの強力なシナジーの上に成り立っています。HiKOKIが「動力(モーター)」を、三京ダイヤモンドが「刃」を提供し、一体となって最高の切断・研削ソリューションを市場に提供する。この強力なパートナーシップが、同社の揺るぎない地位を築いています。

 

【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境:未曾有のコスト高の嵐
建設・製造業界は、公共事業や設備投資に支えられ、需要は比較的堅調です。しかし近年、業界全体を、原材料とエネルギー価格の高騰という未曾有の嵐が襲っています。工業用ダイヤモンドや、刃を固めるための金属粉、そして工場を動かす電気代といった、同社の製造コストを構成するあらゆる要素が、世界的なインフレで急騰しました。

✔内部環境と「利益ゼロ」の真相
21億円以上の内部留保を持つ同社が、なぜ利益を失ったのか。これは、事業の不振ではなく、この苛烈な外部環境が直撃した結果と考えるのが妥当です。
・コスト増の吸収:長年の取引がある顧客や販売店に対し、急騰したコストの全てを即座に製品価格へ転嫁することは、競争の激しい市場では極めて困難です。同社は、市場シェアを維持するために、利益を犠牲にしてでも、コスト上昇の大部分を自社で吸収した可能性が非常に高いと考えられます。
・財務体力による持久戦:自己資本比率91%超という鉄壁の財務基盤があるからこそ、同社はこの「利益なき戦い」という持久戦に耐えることができます。財務が脆弱な企業であれば、倒産の危機に瀕しかねないほどの厳しいコスト環境です。
つまり、今期の利益ゼロは、経営の失敗ではなく、嵐が過ぎ去るのを、その圧倒的な体力で耐え忍んでいる姿と解釈すべきなのです。

 

SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・「SDカッター」に代表される、業界随一の強力な製品ブランドと、50年以上にわたる技術的ノウハウ。
・親会社であるHiKOKI(工機ホールディングス)との、開発・販売における強力なシナジー
自己資本比率91%超、利益剰余金21億円超という、いかなる経済危機にも耐えうる、圧倒的な財務健全性。

弱み (Weaknesses)
・事業が、建設や製造業といった、景気変動の影響を受けやすいシクリカルな産業に依存している点。
・工業用ダイヤモンドや金属粉といった、原材料の価格変動リスクを直接的に受けること。

機会 (Opportunities)
・国土強靭化計画やインフラ老朽化対策による、建設分野での安定した需要。
・EV(電気自動車)や半導体関連で使われる、新素材(セラミックなど)を加工するための、新たな工業用ダイヤモンド工具の需要。
・親会社HiKOKIのグローバルな販売網を活用した、海外市場でのさらなるシェア拡大。

脅威 (Threats)
・世界的なインフレによる、原材料・エネルギーコストの継続的な上昇リスク。
・海外、特にコスト競争力に優れるアジア系メーカーとの、汎用品市場における競争激化。
・建設・製造業界の、深刻な人手不足による市場の縮小。

 

【今後の戦略として想像すること】
✔短期戦略(収益性の回復)
まずは、顧客や販売代理店との価格交渉を進め、高騰したコストを適切に製品価格へ転嫁し、本来の収益性を回復させることが最優先課題となります。同時に、生産工程の見直しによる、さらなるコスト削減努力も続けるでしょう。

✔中長期的戦略(高付加価値分野へのシフト)
長期的には、価格競争に陥りやすい汎用品市場から、より高い技術力が求められる高付加価値分野へと、さらにシフトしていくことが期待されます。

新素材対応ツールの開発:カーボン複合材や最新のセラミックなど、今後、航空宇宙やEV分野で需要が拡大する新素材を、効率的に加工できるダイヤモンド工具を開発・市場投入する。

「動力」と「刃」のシステム開発:親会社HiKOKIとさらに連携を深め、特定の作業に最適化された、工具本体と刃を一体で開発するような、システム提案を強化していく。

 

まとめ
三京ダイヤモンド工業株式会社は、半世紀以上にわたり、日本のものづくりを「切る、削る、磨く」ことで支え、21億円を超える莫大な利益剰余金を築き上げた、まさに“鉄壁”の優良企業です。今期、利益がほぼゼロになったのは、世界的なコスト高の嵐が、その強固な体力を試した結果と言えるでしょう。しかし、自己資本比率91%超という圧倒的な財務基盤は、この嵐を耐え抜くには十分すぎるほどの力です。嵐が過ぎ去った後、適正な価格体系を再構築し、再び高収益企業としての姿を取り戻すことは疑いようがありません。「SDカッターの三京」の切れ味は、決して鈍ってはいません。

 

企業情報
企業名: 三京ダイヤモンド工業株式会社
所在地: 東京都大田区平和島5-3-2 ロジスティード東日本株式会社3階
代表者: 代表取締役 吉田 智彦
設立: 1966年11月19日
資本金: 94百万円
事業内容: 各種ダイヤモンド工具の製造および販売
グループ: 工機ホールディングス株式会社(HiKOKI)

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