日本の失明原因第1位でありながら、初期には自覚症状がほとんどないために「サイレント・シーフ(静かなる泥棒)」とも呼ばれる緑内障。気づかないうちに視野を奪っていくこの病気の早期発見は、超高齢化社会を迎えた日本にとって喫緊の社会的課題です。この大きな課題に対し、既存の優れた技術を巧みに「織り上げる」ことで革新的なソリューションを創造し、医療現場のあり方を変えようとしている医療ベンチャーが存在します。それが、株式会社クリュートメディカルシステムズです。同社の挑戦には、HOYAやトプコンといった業界大手も熱い視線を送っています。今回は、研究開発型のビジネスモデルながら、ついに単年度黒字化を達成した同社の第12期決算を深く読み解き、その財務状況の背後にある明確な経営戦略と、人々の「Quality of Vision(QOV:見えることの質)」向上にかける情熱に迫ります。

決算ハイライト(第12期)
資産合計: 1,040百万円 (約10.4億円)
負債合計: 737百万円 (約7.4億円)
純資産合計: 303百万円 (約3.0億円)
当期純利益: 49百万円 (約0.5億円)
自己資本比率: 約29.1%
利益剰余金: ▲1,446百万円 (約▲14.5億円)
今回の決算で最も注目すべき点は、研究開発への先行投資を続けながらも、49百万円の当期純利益を計上し、単年度黒字化を達成したことです。利益剰余金は依然として▲1,446百万円の欠損となっていますが、これは過去の製品開発や製造体制構築への積極的な投資の歴史を示すものです。その上で黒字を達成したという事実は、主力製品「imo」シリーズの販売が軌道に乗り、事業が新たな成長フェーズに入ったことを力強く示唆しています。資本剰余金が16.6億円と潤沢に積み上がっていることからも、株主からの強力な支援体制が継続していることがわかり、安定した財務基盤の上で確かな成果を出し始めた健全な経営状況がうかがえます。
企業概要
社名: 株式会社クリュートメディカルシステムズ
設立: 2013年4月
株主: 協創プラットフォーム開発1号投資事業有限責任組合、芙蓉総合リース株式会社、株式会社フューチャーパートナーズ、株式会社トプコン、HOYA株式会社、経営者・社員
事業内容: 医療機器の開発、製造販売
【事業構造の徹底解剖】
株式会社クリュートメディカルシステムズは、社名の由来である「Creation(創造)」「Weave(織る)」「Technologies(技術)」が示す通り、ゼロからの技術開発に固執するのではなく、世の中に存在する優れた技術を組み合わせ、眼科領域における未充足ニーズ(アンメット・メディカル・ニーズ)に応える医療機器を創出する企業です。その事業は、主力製品である視機能評価機「imo(アイモ)」シリーズに集約されています。
✔主力製品『imo』シリーズの革新性
従来の視野検査は、大きな据え置き型の装置を設置するために「暗室」が必須で、患者は片眼を覆い、狭いレンズを長時間覗き込む必要がありました。これは患者にとって大きな負担であり、検査を行う医療スタッフの専門性も求められました。クリュートメディカルシステムズの『imo』シリーズは、この常識を覆しました。主な特徴は「両眼開放」「暗室不要」「短時間検査」であり、患者の負担を劇的に軽減すると同時に、クリニックの限られたスペースでも設置・運用できる利便性を実現したのです。
✔事業の2本柱:医療機関向けと健診施設向け
同社はターゲット市場を明確に分け、戦略的に製品を展開しています。
・imo vifa: 医療機関向けの多機能モデル。緑内障の精密な検査や経過観察に加え、白内障術後の評価などに用いられるコントラスト感度検査機能も搭載し、幅広い臨床ニーズに対応します。
・imo scan: 健診施設や人間ドックでのスクリーニング(ふるい分け)に特化したモデル。専門知識がないスタッフでも簡単に操作でき、短時間で視野異常の有無を検出することに重点を置いています。これにより、緑内障の潜在患者を早期に発見し、専門医へと繋ぐ流れを創出することを目指しています。
✔技術の源泉『CREWTism』
同社の強みは、代表の江口氏が持つ大手精密機器メーカーでの豊富な経験と、それを具現化する行動指針「CREWTism」にあります。技術者自らが医療現場に深く入り込み、既成概念にとらわれずに課題を見つめ直し、新たな価値を創造する。この姿勢が、現場の医師や患者が本当に求めていた「ラクな視野検査」という画期的な製品を生み出す原動力となっています。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
日本の高齢化は、緑内障患者の増加に直結しており、市場は今後も拡大が見込まれます。また、「人生100年時代」において健康寿命の延伸が重要視される中、QOV(見えることの質)を維持するための早期発見・治療の重要性はますます高まっています。健診市場の拡大や、国の医療費抑制策を背景とした効率的な検査機器への需要も、同社の事業にとって強力な追い風となっています。
✔内部環境
今回の黒字化は、これまでの戦略的な投資が結実したことを明確に示しています。東京都立川市に製造拠点「立川テックセンター」を開設・増床し、高品質な製品の安定供給体制を構築したことが、売上拡大に直結しました。また、HOYAやトプコンといった光学分野のリーディングカンパニー、そして東京大学系のファンドなどが株主に名を連ねている事実は、単なる資金調達以上の意味を持ちます。これらの事業会社との連携が、技術開発や部品調達、販路開拓において大きなシナジーを生み、今回の黒字化を後押ししたと考えられます。
✔安全性分析
自己資本比率約29.1%は、株主からの厚い信頼と支援によって支えられていることを示しています。利益剰余金の欠損は過去の投資の結果であり、それを上回る利益を当期に生み出したことで、企業が成長の新たなステージに入ったことを証明しています。今後の経営課題は、この黒字基調を維持・拡大し、累積した欠損を解消していくことであり、そのための道筋が明確に見えてきたと言えるでしょう。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・「暗室不要・両眼開放」という、従来製品の常識を覆す革新的なコンセプトを持つ製品(imoシリーズ)
・緑内障の早期発見という、明確かつ拡大する社会課題を解決する事業ドメイン
・HOYA、トプコンなど、光学・医療機器分野の大手企業を含む強力な株主構成と事業シナジーへの期待
・代表の江口氏をはじめ、医療機器分野で豊富な経験と専門知識を持つ経営陣と技術者チーム
弱み (Weaknesses)
・累積した利益剰余金の欠損を解消し、財務体質をさらに強化する必要性
・世界的な大手医療機器メーカーと比較した場合の販売網、サービス体制、ブランド認知度
・現時点では事業が「imo」シリーズに集中しており、製品ポートフォリオの多様化が今後の課題
機会 (Opportunities)
・高齢化社会の進展に伴う、緑内障をはじめとする眼科疾患の検査市場の持続的な拡大
・健康意識の高まりを背景とした、健康診断や人間ドックにおけるスクリーニング検査の需要増加
・大規模病院だけでなく、開業医やクリニックなど、省スペース・簡便な操作性を求める小規模医療機関への導入拡大
・高品質な日本製医療機器への評価を背景とした、アジア・欧米市場への海外展開の可能性
脅威 (Threats)
・国内外の大手競合メーカーによる、類似コンセプト製品の開発・市場投入
・診療報酬の改定など、国の医療政策の変更が事業に与える影響
・世界的な半導体不足や円安による部材価格の高騰が、製造コストを圧迫するリスク
・再生医療など、緑内障に対する革新的な治療法が登場した場合の、検査ビジネスそのものの位置づけの変化
【今後の戦略として想像すること】
これらの事業環境分析から、クリュートメディカルシステムズは以下のような戦略を描いていると想像されます。
✔短期的戦略
今回の黒字化達成を弾みに、国内市場でのシェア拡大をさらに加速させることが最優先課題です。特に、健診施設向けの「imo scan」の普及をテコに売上基盤を盤石なものとし、安定的な黒字経営を定着させるでしょう。同時に、導入施設からのフィードバックを迅速に製品改良に活かし、顧客満足度を高めることで、医療機関向け「imo vifa」の販売にも繋げていく好循環を生み出していくと考えられます。
✔中長期的戦略
国内での成功モデルを確立した先には、より大きな市場である海外への展開が視野に入ってきます。CEマーキング(欧州)やFDA認証(米国)を取得し、グローバル市場に打って出ることが次なる成長の鍵となります。また、「imo」で培った光学技術や画像処理技術、AIアルゴリズムを応用し、緑内障以外の眼科疾患領域へ製品ポートフォリオを拡充していくことも考えられます。将来的には、蓄積された膨大な視野データを活用した診断支援AIサービスの開発など、データビジネスへの展開も期待されます。
まとめ
株式会社クリュートメディカルシステムズの第12期決算は、長年の研究開発投資が実を結び、ついに単年度黒字化という大きな節目を迎えたことを示す、非常にポジティブな内容でした。同社は単に医療機器を開発・販売する企業ではありません。それは、既存の技術を織り上げ、医療現場が抱える真の課題を解決することで、人々の「生涯よく見える」という願いに応えようとする社会課題解決型のイノベーターです。株主からの厚い信頼を基盤に、まずは国内の緑内障早期発見体制の変革を成し遂げ、やがては世界のQOV向上に貢献する日本発のグローバル医療機器メーカーとして、大きく飛躍していくことが大いに期待されます。
企業情報
企業名: 株式会社クリュートメディカルシステムズ
所在地: 東京都新宿区津久戸町3-11 TH1ビル飯田橋3F
代表者: 代表取締役 江口 哲也
設立: 2013年4月
資本金: 91,900千円
事業内容: 医療機器の開発、製造販売
株主: 協創プラットフォーム開発1号投資事業有限責任組合、芙蓉総合リース株式会社、株式会社フューチャーパートナーズ、株式会社トプコン、HOYA株式会社、経営者・社員