医学や薬学の未来は、情熱を持って研究に打ち込む、若き科学者たちの双肩にかかっています。しかし、その情熱だけでは、生活費や研究費という現実的な壁を乗り越えられないことも少なくありません。特に、異国の地で学ぶ留学生にとっては、その困難は一層大きなものとなります。そんな未来の医療を担う若者たちを、北の大地から静かに、しかし力強く支え続ける奨学財団があります。
その名は、「公益財団法人つくし奨学・研究基金」。札幌を拠点に、北海道大学や地元の有力企業の支援を受け、医学・薬学分野の大学院生に返還不要の奨学金を給付する活動を続けています。今回は、この若き才能への「投資」を唯一の目的とする公益財団法人の決算公告を読み解きます。そこには、一切の負債を持たない、驚くほど清廉潔白な財務の姿がありました。その完璧なバランスシートが物語る、財団の純粋な使命と、次世代への確かな希望に迫ります。

決算ハイライト(令和7年3月期)
資産合計: 635百万円 (約6.4億円)
負債合計: 0百万円
正味財産合計: 635百万円 (約6.4億円)
正味財産比率: 100%
一般正味財産: 0百万円
まず決算の全体像を見ると、これ以上ないほどに完璧で、美しい貸借対照表が目に飛び込んできます。法人の自己資本にあたる「正味財産」の比率は100%。つまり、負債(借金)がゼロであり、総資産のすべてが返済不要の自己資本で賄われている、究極の健全経営を実践しています。
さらに特筆すべきは、正味財産約6.4億円のすべてが「指定正味財産」で構成され、法人が自由に使える「一般正味財産」がゼロである点です。これは、財団が保有する全資産が、寄付者によって「奨学金事業のために」と使途が厳格に定められた財産であり、それ以外の目的には一切使われていないことを意味します。財団の運営がいかに規律正しく、その使命に忠実であるかを物語る、力強い証左です。
企業概要
法人名: 公益財団法人つくし奨学・研究基金
設立: 2016年8月
事業内容: 医学・薬学等を学ぶ学生・若手研究者への奨学金給付事業
代表者: 代表理事 理事長 細川 眞澄男(北海道大学 名誉教授)
所在地: 北海道札幌市清田区真栄363-32
【事業構造の徹底解剖】
つくし奨学・研究基金の事業は、その名の通り「奨学金給付事業」という、ただ一つの純粋な目的に集約されています。しかし、その中身は単なる資金援助に留まらない、深い育成思想に貫かれています。
✔未来の医療を担う人材への「給付型」支援
財団の活動の核は、日本国内の大学院で医学・薬学を学ぶ学生(留学生を含む)に対し、月額10万円の奨学金を、返還義務なしで給付することです。これにより、経済的な不安を抱える優秀な学生が、生活の心配をすることなく研究に没頭できる環境を提供しています。まさに、春に力強く芽を出す「つくし」のように、若き才能が伸びるための土壌を育んでいるのです。
✔交流と成長を促す「コミュニティ機能」
この財団の真の価値は、金銭的な支援に加え、奨学生同士や先輩研究者との交流の場を積極的に創出している点にあります。毎年開催される「研究発表会」や「国際交流会」への参加を奨学生に義務付けており、自身の研究を客観的に見つめ直し、異分野の研究者から刺激を受け、将来に繋がる人的ネットワークを構築する貴重な機会を提供しています。これは、単なる奨学金給付を超えた、次世代リーダーを育成するという強い意志の表れです。
✔北海道の産学官による強力なバックアップ体制
この活動を支えているのが、北海道を代表する学術界と経済界のリーダーたちです。理事長は北海道大学の名誉教授が務め、評議員には北海道銀行の会長や複数の大学の総長・学長が名を連ねています。また、事務局は札幌に本社を置く健康食品・素材メーカーの株式会社アミノアップ内に置かれており、同社が財団の設立と運営に深く関わっていることがうかがえます。この強力な産学連携体制が、財団の信頼性と継続性を担保しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
この完璧な貸借対照表は、財団の経営戦略そのものを映し出す鏡です。
✔外部環境と財団の役割
最先端の医療研究には、多額の資金と長い時間が必要です。国の科学研究費だけではカバーしきれない領域や、まだ実績のない若手研究者の独創的なアイデアを支える上で、当財団のような民間の公益法人が果たす役割は極めて重要です。特に、志高く日本へ学びに来る留学生にとって、こうした返還不要の奨学金は、研究生活を続けるための生命線とも言えます。
✔内部環境と安全性分析
財務の安全性は、100%という正味財産比率が示す通り、絶対的です。これは、事業の原資を寄付によって賄い、一切の借入を行わないという、極めて堅実な「エンダウメント・モデル(基金運用モデル)」で運営されているためです。
約6.4億円の資産は、財団の活動の原資となる「基本財産」であり、これを有価証券などで安定的に運用し、その運用益を原資として毎年の奨学金給付を行っていると推察されます。資産のすべてが使途の決まった「指定正味財産」であることは、寄付者の意思を最大限に尊重し、一円たりとも無駄にすることなく、その公益目的の達成のために資金を投下するという、財団の厳格なガバナンスを示しています。
【SWOT分析で見る事業環境】
営利を目的としない公益財団法人としての視点から、事業環境を分析します。
強み (Strengths)
・負債ゼロ、正味財産比率100%という、完璧なまでの財務的健全性と透明性。
・「医学・薬学分野の若手研究者支援」という、明確で社会貢献度の高い事業目的。
・北海道大学、北海道銀行、アミノアップ社など、北海道の学術界・経済界からの強力な支援体制。
・単なる資金援助に留まらず、研究発表会などを通じて成長と交流の機会を提供する、付加価値の高いプログラム。
弱み (Weaknesses)
・財団の規模が、全国規模の大手財団と比較して限定的であること。
・事業の継続性が、主要な支援企業や個人の寄付意欲に依存する側面があること。
機会 (Opportunities)
・高齢化社会の進展や新たな感染症の出現など、医学・薬学分野の研究の重要性が社会的にますます高まっていること。
・財団のクリーンな財務と明確な理念が、新たな寄付者(企業・個人)を惹きつける可能性があること。
・奨学金を受給したOB・OGのネットワークを構築し、将来的に彼らが新たな支援者となる、持続可能なエコシステムを形成できる可能性。
脅威 (Threats)
・金融市場の大きな変動が、基本財産の運用成績に悪影響を及ぼし、年間の奨学金給付可能額が減少するリスク。
・主要な支援企業の業績が悪化した場合に、将来的な寄付が減少するリスク。
【今後の戦略として想像すること】
この事業環境を踏まえると、つくし奨学・研究基金は、急激な拡大を目指すのではなく、その純粋な使命を着実に、そして永続的に果たしていく戦略を追求していくと考えられます。
✔短期的戦略
まずは、現在の奨学金事業の質を維持・向上させていくことが最優先です。厳正な選考を通じて、将来性のある優秀な学生を発掘し、支援を継続します。また、コロナ禍を経て再開された研究発表会や交流会をさらに活性化させ、奨学生にとっての付加価値を最大化していくでしょう。
✔中長期的戦略
長期的には、この活動を未来永劫続けていくための「基金の充実」がテーマとなります。安定した資産運用を継続するとともに、財団の活動意義を広く社会に発信することで、新たな寄付者を募り、基本財産を少しずつでも着実に積み上げていくことを目指します。また、過去の奨学生たちが国内外の第一線で活躍し始める頃には、彼らを中心としたOB・OGネットワークを組織化し、次の世代の学生を支える側に回ってもらうような、美しい循環を生み出していくことが期待されます。
まとめ
公益財団法人つくし奨学・研究基金は、その名の通り、未来の医療を担う若き才能が力強く伸びるための土壌を育む、北海道の良心が結晶したような組織です。第8期決算で示された、負債ゼロ、正味財産比率100%という貸借対照表は、計算された経営戦略の結果というよりも、その使命の純粋さがそのまま財務に表れた、清々しいまでの「誠実さの証明」と言えるでしょう。
この財団は、利益を生み出すための事業を行っているわけではありません。彼らが生み出しているのは、数十年後に、画期的な新薬や治療法を発見するかもしれない、一人の科学者の「未来」そのものです。複雑な現代社会において、これほどまでにシンプルで、尊い目的のために存在する組織は稀有です。札幌の地から、静かに、しかし着実に、世界の健康に貢献する。つくし奨学・研究基金の活動は、私たちに未来への投資の最も美しい形の一つを見せてくれます。
企業情報
法人名: 公益財団法人つくし奨学・研究基金
所在地: 北海道札幌市清田区真栄363-32
代表者: 代表理事 理事長 細川 眞澄男
設立年月日: 2016年8月
活動内容: 医学・薬学等の修士・博士課程の学生・若手研究者への奨学金給付事業