私たちの快適で安全な暮らしは、電気、ガス、水道、そして通信といった社会インフラによって支えられています。普段はその存在を意識することはありませんが、ひとたび台風や地震などの自然災害が発生すると、その重要性を痛感させられます。この目に見えない社会の生命線を、日夜、専門的な技術で守り、維持し、そして有事の際には迅速に復旧させる。そんな「縁の下の力持ち」ともいえる企業が、私たちの社会には不可欠です。
今回は、九州を拠点として、電力・通信設備の製造からシステム開発、工事・保守までをワンストップで手掛ける総合エンジニアリング企業、「チクシ電気株式会社」に焦点を当てます。同社は、九州電力やKDDIといった大手インフラ企業を主要取引先とし、特に災害時の迅速な復旧活動で数多くの感謝状を受けるなど、地域社会から絶大な信頼を得ています。設立から40期目となる節目の決算を読み解きながら、九州のライフラインを支える同社の強固なビジネスモデルと、社会貢献にかける企業姿勢を深く掘り下げていきます。

決算ハイライト(2025年3月期)
資産合計: 3,101百万円 (約31億円)
負債合計: 1,211百万円 (約12億円)
純資産合計: 1,890百万円 (約19億円)
当期純利益: 221百万円 (約2.2億円)
自己資本比率: 約61.0%
利益剰余金: 1,863百万円 (約18.6億円)
まず、貸借対照表を一見して驚かされるのが、その傑出した財務健全性です。自己資本比率は約61.0%と非常に高い水準にあり、企業の安定性を示す強力な指標となっています。総資産約31億円のうち、返済義務のない純資産が約19億円を占めており、負債合計約12億円を大きく上回っています。これは実質的な無借金経営に近い状態であることを示唆しており、景気の波にも揺るがない強固な経営基盤が築かれていることが分かります。また、当期純利益も約2.2億円と着実に計上し、創業以来の利益の蓄積である利益剰余金が約18.6億円に達していることからも、安定性と信頼性が最重要視されるインフラ事業の担い手として、理想的な財務内容と言えるでしょう。
企業概要
社名: チクシ電気株式会社
設立: 1985年7月12日
事業内容: 電気通信機器の製造・販売・保守、電気・通信工事、システム・ソフトウェア開発、労働者派遣事業など
代表者: 代表取締役社長 寺本 和則
【事業構造の徹底解剖】
チクシ電気の強みは、4つの異なる事業が互いに連携し、顧客のあらゆるニーズに一貫して応えられる「ワンストップの総合力」にあります。ハードウェアの製造からソフトウェアの開発、現場での工事・保守、さらには商社機能までを内包するユニークなビジネスモデルを構築しています。
✔製造事業(ものづくりの心臓部)
佐賀県にある自社工場を拠点に、通信機器や制御盤といったハードウェアの設計から製造までを手掛けています。顧客の仕様に合わせて製品を開発・製造するOEM/ODMはもちろん、自社製品の開発も行っています。特筆すべきは、電気設計、機械設計、板金加工、塗装、組立・配線、検査という一連の工程を社内で完結できる体制です。これにより、高い品質を維持しながら、顧客の細かな要望や短納期にも柔軟に対応できる「ものづくり力」を実現しています。
✔システム開発・サポート事業(インフラを動かす頭脳)
主に九州電力グループ向けの監視・制御システムなど、社会インフラの中枢を担うミッションクリティカルなソフトウェアの開発・保守を担っています。24時間365日、寸断が許されないシステムの安定稼働を支えてきた実績は、高い技術力と信頼性の証です。また、一般企業向けのシステム開発やヘルプデスク業務、技術者派遣も手掛けており、IT分野における幅広い知見を蓄積しています。
✔工事保守事業(現場を支える最前線)
九州全域に展開する営業所ネットワークを駆使し、携帯電話の基地局設置工事や光ファイバー網の敷設、電力関連設備の保守など、インフラの現場を物理的に支える事業です。同社の社会的な価値を最も象徴しているのがこの部門で、Webサイトには九州電力やKDDIなどから贈られた、災害復旧活動に対する感謝状が数多く掲載されています。これは、有事の際に迅速に現場へ駆けつけ、ライフラインを復旧させるという高い使命感と現場対応力の証明に他なりません。
✔販売事業(技術商社としての目利き)
上記の3事業で培った深い専門知識と現場の知見を活かし、国内外の優れたメーカー製品を販売する代理店業務も行っています。無線アンテナや業務用トランシーバー、さらにはダムのクラック調査などに使われる水中ドローンまで、取り扱い商品は多岐にわたります。これは、自社の技術力だけでなく、最適な外部製品を組み合わせることで、顧客の課題を解決する「技術商社」としての側面も持っていることを示しています。
【財務状況等から見る経営戦略】
同社の盤石な財務は、どのような経営戦略から生まれているのでしょうか。外部環境と内部環境の両面から分析します。
✔外部環境
電力・通信業界は、5Gの全国展開、IoT機器の爆発的な普及、再生可能エネルギーの導入拡大、スマートシティ構想など、技術革新に伴う新たなインフラ投資が継続的に見込まれる成長市場です。これは同社にとって安定した事業機会を意味します。一方で、近年の自然災害の激甚化・頻発化は、既存インフラの強靭化や迅速なBCP(事業継続計画)対応の重要性を高めており、同社のような企業の社会的役割はますます増大しています。業界共通の課題としては、労働人口減少に伴う、経験豊富な技術者の確保・育成が挙げられます。
✔内部環境
自己資本比率61.0%という傑出した財務体質が、経営のあらゆる面で好循環を生んでいます。潤沢な自己資本は、金融機関からの借入に頼ることなく、安定した経営を可能にします。これにより、短期的な業績に左右されることなく、人材育成や設備投資といった未来への投資を計画的に実行できます。また、九州電力グループやKDDIグループといった、社会インフラを担う優良かつ安定した大企業を主要顧客としている点も、収益基盤の安定性に大きく寄与しています。
✔安全性分析
財務の安全性は、まさに「鉄壁」と言えます。約19億円の純資産は、万が一の事態に対する強力な緩衝材となります。有利子負債の額は不明ですが、これだけ厚い自己資本があれば、実質無借金である可能性も高く、金利変動リスクは極めて低いと推察されます。豊富な利益剰余金は、将来の成長に向けたM&Aや新規事業開発の原資としても十分な規模です。企業の財務安全性を分析する上で、これ以上ないほど健全な状態であると評価できます。
【SWOT分析で見る事業環境】
これまでの分析を基に、同社の事業環境を「強み・弱み・機会・脅威」の4つのフレームワークで整理します。
強み (Strengths)
・製造、システム開発、工事保守、販売を網羅する、ワンストップの総合エンジニアリング体制。
・自己資本比率61.0%を誇る、業界トップクラスの健全で強固な財務基盤。
・九州電力やKDDIなど、大手インフラ企業との長年にわたる強固で安定した取引関係。
・九州全域をカバーする拠点網と、災害復旧などで証明された卓越した現場対応力(地元力)。
・「佐賀さいこう企業」受賞に代表される、行政からも高く評価される技術力と人材育成への取り組み。
弱み (Weaknesses)
・事業エリアが九州地方に集中しており、地理的に限定されている点。
・安定性の裏返しとして、特定の主要取引先への依存度が高いビジネス構造の可能性。
・事業の根幹を支える専門技術者の確保と育成が、企業の成長を左右する継続的な課題。
機会 (Opportunities)
・企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進やIoT化の流れに伴う、新たな通信・制御インフラ需要の創出。
・太陽光や風力といった再生可能エネルギー設備の導入拡大に伴う、関連工事・保守ビジネスの増加。
・国土強靭化計画をはじめとする、政府の防災・減災に向けたインフラ投資の拡大。
・ドローンやAIを活用した設備点検・保守DXなど、培った技術を応用した新規事業への展開。
脅威 (Threats)
・インフラ技術の進化スピードが速く、常に新しい技術への継続的な学習と投資が求められること。
・建設・IT業界全体に共通する、深刻な人材不足とそれに伴う人件費の高騰。
・予期せぬ大規模災害の発生が、事業活動に直接的な影響を及ぼすリスク。
・公共投資や大手企業の設備投資計画の変動に、業績が左右される可能性。
【今後の戦略として想像すること】
このSWOT分析を踏まえると、チクシ電気は「盤石な基盤の上で、着実に未来を創造する」戦略を描いていると推察されます。
✔短期的戦略
まずは既存事業の深化です。九州電力やKDDIといった主要顧客とのリレーションをさらに強化し、社会インフラの安定稼働というコアミッションを確実に遂行していくことが最優先事項となります。同時に、現場作業の安全性を確保しながら、ウェアラブルカメラの活用など現場業務のDXを推進し、生産性の向上を図っていくでしょう。また、階層別教育やOJTを通じて、強みである「人財」の育成と技術継承を継続していくことが不可欠です。
✔中長期的戦略
長期的には、培ってきた技術アセットを新たな成長分野に展開していくことが期待されます。例えば、再生可能エネルギー設備の系統連携に関する制御システムや保守サービス、スマート農業や工場の自動化を支える通信インフラの構築など、九州が抱える課題を解決する領域でリーダーシップを発揮する可能性があります。また、ドローンやAIを活用したインフラ点検の高度化・自動化サービスを新たな事業の柱として確立することも視野に入れているかもしれません。強固な財務基盤を活かし、将来の成長ドライバーとなる技術や企業への投資・M&Aも選択肢の一つとなるでしょう。
まとめ
チクシ電気株式会社は、九州の社会インフラを多角的に支える、まさに「縁の下の力持ち」という言葉がふさわしい総合エンジニアリング企業です。第40期決算は、約2.2億円の当期純利益を計上し、自己資本比率約61.0%という鉄壁の財務基盤を誇ります。
しかし、同社の真の価値は、貸借対照表の数字だけでは測れません。その価値は、災害時にライフラインを復旧させるために最前線で汗を流す従業員の姿や、取引先から寄せられる無数の感謝状にこそ象徴されています。ハードウェアを造る「製造力」、ソフトウェアを創る「開発力」、そして九州全域を網羅し現場を守る「地元力」。この三位一体の総合力で、地域社会に無くてはならない存在となっています。
今後、DXや脱炭素化という大きな社会変革の中で、チクシ電気がこれまで培ってきた技術と信頼は、さらに重要な役割を担っていくはずです。九州の確かな未来を支える企業として、これからの挑戦にも大いに期待が寄せられます。
企業情報
企業名: チクシ電気株式会社
所在地: 福岡県福岡市中央区渡辺通2丁目9-22 西鉄渡辺通ビル4階
代表者: 代表取締役社長 寺本 和則
設立: 1985年7月12日
資本金: 35,000千円
事業内容: 電気通信機器の製造販売・保守、電気・通信工事、コンピューターシステム及びソフトウェア開発、省エネルギー及び環境に関するコンサルタント業務、労働者派遣事業など