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#1577 決算分析 : ヤシロコンポジット株式会社 第78期決算 当期純利益 ▲676百万円

新幹線の先頭車両、ユニットバス、CTスキャナのカバー、そして巨大な風力発電の風車。これらは一見、全く異なる製品ですが、その核心には「複合材料(コンポジット)」という共通のテクノロジーが存在します。軽くて強く、腐食せず、自由な形に成形できるこの素材は、現代社会の様々な分野で金属の代替、あるいは金属では不可能だった領域を切り拓いています。

今回は、この複合材料のパイオニアとして、1954年の研究開始から70年以上にわたり日本のものづくりを支え続けてきた、ヤシロコンポジット株式会社の決算を分析します。官報に示されたのは、6.7億円超という巨額の当期純損失。しかし、その貸借対照表を深く読み解くと、幾多の荒波を乗り越えてきた老舗企業の強靭な財務体質と、未来への確かな布石が見えてきます。この大きな損失の背景には何があったのか、そして同社はどのようにしてこの逆境を乗り越えようとしているのか、その実力に迫ります。

ヤシロコンポジット決算

決算ハイライト(78期)
資産合計: 2,872百万円 (約28.7億円)
負債合計: 1,557百万円 (約15.6億円)
純資産合計: 1,315百万円 (約13.2億円)

当期純損失: 676百万円 (約6.8億円)

自己資本比率: 約45.8%
利益剰余金: 870百万円 (約8.7億円)

 

今回の決算における最大のポイントは、6.7億円を超える極めて大きな当期純損失を計上した点です。これにより、前期まで積み上げてきた利益剰余金が大きく減少し、厳しい事業年度であったことがうかがえます。しかし、その一方で注目すべきは、自己資本比率が約45.8%と、依然として製造業として健全な水準を維持していることです。純資産も13億円以上を確保しており、この巨額の損失を吸収してもなお、企業の存続を揺るがすには至らない、強固な財務基盤を有していることが分かります。これは、同社が長年にわたり築き上げてきた「体力」の証左と言えるでしょう。

 

企業概要
社名: ヤシロコンポジット株式会社
設立: 1965年8月2日
株主: 芦森工業株式会社、明石機械工業株式会社、川崎車両株式会社など
事業内容: GFRP(ガラス繊維強化プラスチック)、CFRP炭素繊維強化プラスチック)、DCPD(RIM成形)など、複合材料製品の製造・販売。

www.ycp.co.jp

 

【事業構造の徹底解剖】
ヤシロコンポジットの強みは、特定の業界に依存しない、極めて多角的な事業ポートフォリオにあります。その技術は、社会インフラから最先端の医療、そして環境エネルギー分野まで、日本の産業の根幹を支えています。

✔4つの柱が支える安定事業基盤
同社の事業は、大きく4つの分野で構成されています。
鉄道車両分野: 創業期からのDNAであり、新幹線の汚物タンクや内装パネル、先頭車両のカバーなどを手掛けています。川崎車両や日本車輌製造といった国内トップメーカーだけでなく、ニューヨーク市地下鉄など、海外の案件も多数。高い安全性と難燃性が求められるこの分野での実績が、同社の技術力の証明です。
・住宅設備分野: パナソニック向けのユニットバスや浄化槽など、私たちの暮らしに身近な製品も製造。大量生産に対応するSMCプレス成形技術は、同社が国内でいち早く導入したものです。
・医療・環境分野: CTやMRIといった最先端医療機器のカバーから、風力発電用の巨大なナセルカバーまで、社会の未来を支える分野にも進出。特に、再生可能エネルギーの中核である風力発電市場の成長は、同社にとって大きな追い風です。
・その他(自動車・インフラ): 近年では、軽量化が至上命題であるEV(電気自動車)向けのCFRP(カーボン)製ボディパーツや、老朽化した下水道管を蘇らせる管更生事業など、新たな成長分野へも積極的に展開しています。

✔複合材料の「総合デパート」
同社は、ハンドレイアップ、プレス、RIM成形、オートクレーブ成形といった、多種多様な複合材料の成形技術を自社内に保有しています。これにより、顧客の要求する形状、強度、コスト、生産量に応じて、最適な工法を提案できる「ワンストップ・ソリューション」が可能です。この技術的な幅広さが、他社にはない大きな強みとなっています。

 

【財務状況等から見る経営戦略】
✔外部環境
同社が事業を展開する市場は、それぞれ異なる追い風と逆風に晒されています。鉄道車両やインフラ更生は、安定した需要が見込める一方で、自動車のEV化や再生可能エネルギーの普及は、軽量で高機能な複合材料への需要を爆発的に高める大きな機会です。しかし、これらの材料の多くは石油を原料としており、近年の原油価格やエネルギーコストの高騰は、製造業である同社の収益を直接的に圧迫します。

✔内部環境(巨額損失の背景)
今回計上された6.7億円の損失は、尋常な規模ではありません。これは、単なる原材料費の高騰だけでは説明が難しい可能性があります。考えられる要因としては、①特定の大規模プロジェクト(海外案件など)における想定外のコスト超過や品質問題、②中国子会社の業績不振に伴う損失計上、③保有資産の大規模な減損処理、といった特殊な要因が重なった可能性が推察されます。しかし、それでもなお45%を超える自己資本比率を維持していることは、同社の経営がいかに堅実であったかを示しています。特に、貸借対照表の「投資その他の資産」が14.5億円と大きいことから、豊富な内部留保を元に、戦略的な投資を行ってきたことがうかがえます。

✔安全性分析
財務安全性は、今回の巨額損失を経てもなお、依然として高いレベルにあると言えます。約15.6億円の負債に対し、13.2億円の純資産を確保しており、短期的な資金繰りに窮する状況ではありません。株主構成に芦森工業や明石機械工業といった事業会社が名を連ねていることも、技術面・事業面での連携を背景とした経営の安定性につながっています。課題は、この一度の大きな損失からいかに早く立ち直り、再び収益軌道に戻せるかという点にあります。

 

SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・鉄道、住宅、医療、環境、自動車と、多角化された事業ポートフォリオによるリスク分散能力
・多様な成形工法を駆使する、複合材料の総合的な技術開発力と70年にわたる実績
・今回の損失を吸収してもなお健全なレベルを維持する、強固な財務基盤
・川崎車両、パナソニックGEヘルスケアなど、各業界のトップ企業との長期的な取引関係

弱み (Weaknesses)
・今回顕在化した、大規模な損失を計上しうる収益変動リスク
石油化学製品を原料とするため、原油価格の変動にコスト構造が大きく左右される点
・労働集約的な側面も持つ製造業としての人材確保・育成の課題

機会 (Opportunities)
・世界的なEVシフトと航空宇宙分野の発展に伴う、CFRPなど超軽量素材の需要急増
再生可能エネルギー(特に風力発電)市場のグローバルな拡大
・国内外における社会インフラの老朽化対策としての、管更生事業の安定的な需要

脅威 (Threats)
・原材料価格およびエネルギーコストの、予測不能な高騰
・中国をはじめとする海外メーカーとの、技術・価格両面での競争激化
・主要顧客の業界(自動車、建設など)における、大規模な景気後退

 

【今後の戦略として想像すること】
強靭な財務基盤を持つ同社は、この危機を乗り越え、さらなる成長を目指すでしょう。

✔短期的戦略
まずは、今回の巨額損失の原因を徹底的に究明し、再発防止策を講じることが最優先です。同時に、全事業にわたるコスト構造の見直しと、原材料価格上昇分を製品価格へ適正に転嫁するための顧客との交渉が急務となります。収益性の高い事業へ経営資源を集中させ、早期の黒字転換を目指します。

✔中長期的戦略
同社の未来は、CFRP(カーボン)と環境関連事業が鍵を握ります。EVや次世代航空機に不可欠なCFRP部品の製造技術をさらに高度化させ、この巨大な成長市場での地位を確立します。また、風力発電部品やインフラ更生材といった、持続可能な社会の実現に貢献する「グリーン・コンポジット」分野を事業の柱へと育てていくことが期待されます。70年間蓄積してきた技術の「深化」こそが、次の時代を切り拓く力となります。

 

まとめ
ヤシロコンポジット株式会社は、日本の複合材料の歴史そのものとも言える、卓越した技術を持つ老舗企業です。第78期決算では、6.7億円超という厳しい純損失を計上しましたが、その一方で、自己資本比率45.8%という健全な財務基盤を維持し、底力を見せつけました。

この逆境は、同社が次のステージへ飛躍するための試練と言えるかもしれません。鉄道から宇宙まで、その技術が活躍するフィールドは無限に広がっています。今回の痛みを糧とし、強みである多様な事業ポートフォリオと技術開発力を武器に、再び力強い成長軌道に戻ることを期待したいと思います。

 

企業情報
企業名: ヤシロコンポジット株式会社
所在地: 兵庫県加東市喜田506番地の1
代表者: 代表取締役 橋本 良明
設立: 1965年8月2日
資本金: 1億円 
事業内容: GFRP、CFRP、DCPDなど複合材料製品の製造・販売。主な製品は、鉄道車両部品、ユニットバス、医療機器カバー、風力発電部品、自動車部品、下水道管更生材など。
株主: 芦森工業株式会社、明石機械工業株式会社、川崎車両株式会社など

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