「高い志」と「異能」を持つ若者が、もし何の制約もなく、その才能を開花させる環境を与えられたなら、人類の未来はどう変わるだろうか──。この壮大な問いに、私財を投じて一つの答えを示そうとしているのが、ソフトバンクグループ創業者である孫正義氏によって設立された「公益財団法人孫正義育英財団」です。選ばれるのは、9歳の宇宙博士から、自ら事業を興す10代まで、分野も年齢も問わない規格外の才能たち。今回は、この未来への壮大な投資プロジェクトの現在地を、第9期の決算公告から読み解きます。これは企業の業績分析ではなく、未来を創る人材を支援するために、どれだけの資源が、いかに安定的に確保されているかを示す、希望のバランスシートです。

決算ハイライト(第9期)
資産合計: 1,600百万円 (約16.0億円)
負債合計: 4百万円 (約0.04億円)
正味財産合計: 1,596百万円 (約16.0億円)
正味財産比率: 約99.7%
まず注目すべきは、その圧倒的な財務基盤です。総資産約16億円に対し、負債はわずか4百万円。資産の99.7%が返済不要の自己資金である「正味財産」で構成されています。これは、財団が外部の要因に左右されることなく、永続的にその支援活動を続けるための、鉄壁の基盤が確立されていることを意味します。営利を目的としない公益財団法人にとって、この財務の安定性こそが、その理念を支える最も重要な指標となります。
財団概要
名称: 公益財団法人 孫正義育英財団
設立: 2016年12月5日
創設者・代表理事: 孫 正義
目的: 「高い志」と「異能」を持った若者に自らの才能を開花できる環境を提供し、人類の未来に貢献する
【事業構造の徹底解剖】
当財団の「事業」とは、未来を創る人材を発掘し、その才能を最大限に伸ばすための、他に類を見ない支援プログラムそのものです。それは、単なる奨学金制度とは一線を画す、3つの要素で構成されています。
✔才能が集う「場」の提供:
財団生が無料で利用できる共同施設“Infinity”を渋谷に開設。最新のガジェットや書籍が揃い、財団生同士が交流し、新たなアイデアやプロジェクトを生み出すための物理的なハブとなっています。
✔視野を広げる「機会」の提供:
財団の理事には、ノーベル生理学・医学賞受賞者の山中伸弥氏、理化学研究所理事長の五神真氏、そして評議員には棋士の羽生善治氏など、各界のトップランナーが名を連ねています。財団生は、こうした世界の知性に直接触れる講演会やネットワーキングイベントに参加し、自らの視野を広げ、志を高くする機会を得られます。
✔夢を加速させる「資金」の提供:
最大の特色が、返済義務のない「支援金」です。学費や留学費用に留まらず、研究開発、起業準備、社会活動など、財団生一人ひとりの「夢を実現するため」に必要な費用を、個別の面談を通じて決定し、給付します。これは、才能ある若者が金銭的な制約によって夢を諦めることがないようにという、創設者の強い意志の表れです。
現在、9歳から29歳まで、国籍も専門分野も様々な169名の「異能」たちが、この手厚い支援を受け、未来の創造に取り組んでいます。
【財務状況等から見る経営戦略】
✔パーパスドリブンな資産運用:
営利企業が利益の最大化を目指すのに対し、当財団は「インパクトの最大化」を目指します。決算書に示された約16億円の資産は、そのための原資です。資産の大部分を占める15億9,600万円の「固定資産」は、財団の活動を永続的に支えるための、株式や債券などの長期的な運用資産であると推測されます。この元本から生み出される運用益が、財団生の支援金や施設の運営費に充てられる、典型的な「エンダウメント(永続基金)」モデルです。
✔安定性分析:
正味財産比率99.7%という数字は、このエンダウメントモデルの理想的な姿を示しています。財団が借入金に頼ることなく、自己の資産のみで完全に自立して運営されているため、短期的な市場の変動や景気の後退に影響されることなく、数十年、数百年先を見据えた超長期的な視点で、人材育成というミッションを遂行し続けることが可能です。
【SWOT分析で見る事業環境】
強み (Strengths)
・創設者・孫正義氏の圧倒的な知名度、ビジョン、そして私財を投じるコミットメント。
・山中伸弥氏、羽生善治氏など、各界のレジェンドが集う、他に類を見ない理事・評議員構成。
・約16億円という、永続的な活動を可能にする盤石な財務基盤(エンダウメント)。
・施設、機会、資金を組み合わせた、若き才能にとって極めて魅力的な総合的支援プログラム。
弱み (Weaknesses)
・創設者である孫正義氏個人の存在に大きく依存しており、サステナビリティの観点からは長期的な課題となりうる。
・支援の成果が、数十年単位でしか現れないため、活動の評価が難しい。
機会 (Opportunities)
・財団生のネットワークが拡大・成熟することで、卒業生が新たなメンターや支援者となり、自己増殖的な知の生態系(エコシステム)が生まれる可能性。
・AI、宇宙、バイオなど、人類の未来を左右する分野で、財団生の中から次世代のリーダーが誕生することへの期待。
・グローバルに「異能」の発掘範囲を広げることで、世界で最も権威ある若手人材育成プログラムとなる可能性。
脅威 (Threats)
・若く未完成な「異能」を、公平かつ正確に見抜くことの難しさ。選考プロセスに対する外部からの批判のリスク。
・財団生が将来、社会的な期待に反する行動を取った場合、財団のレピュテーションが損なわれるリスク。
【今後の戦略として想像すること】
当財団の戦略は、一般的な企業のそれとは全く異なります。
✔短期的戦略:
現在進行形で、第9期生として新たに認定された32名を含む、169名の財団生一人ひとりとの対話を深め、その才能を最大化するための最適な支援を続けることです。また、財団生同士の偶発的な出会いと化学反応を促すための、リアルとオンラインのイベントをさらに充実させていくでしょう。
✔中長期的戦略:
当財団の真価は、財団生たちの10年後、20年後の活躍によって証明されます。したがって、その長期的な戦略とは、この「異能のエコシステム」を絶やすことなく、着実に運営し続けることに尽きます。卒業生たちが世界的な科学者、起業家、アーティストとなり、彼らが今度は次世代の財団生のメンターとなる。そのような好循環を生み出し、財団そのものを一つの巨大な「知のプラットフォーム」へと進化させていくことが、究極の目標となるはずです。
まとめ
公益財団法人孫正義育英財団は、企業や組織というよりも、一つの壮大な社会実験と言えるでしょう。決算書に記された約16億円という数字は、利益を追求するための資本ではなく、人類の未来という、すぐには答えの出ないテーマに投じられた「信念の証」です。この財団から、未来のノーベル賞受賞者や、世界を変える起業家が生まれるのか。その答えが分かるのはまだずっと先のことですが、日本の片隅で、未来に向けた最も刺激的な種まきが行われていることだけは間違いありません。
財団情報
名称: 公益財団法人 孫正義育英財団
所在地: 東京都港区海岸一丁目7番1号
代表理事: 孫 正義
副代表理事: 山中 伸弥
設立: 2016年12月5日
目的: 高い志と異能を持つ若者が、自らの才能を開花できる環境を提供し、人類の未来に貢献すること
役員(一部抜粋):
理事: 五神 真(理化学研究所 理事長)、佐藤 康博(みずほFG 特別顧問)、國部 毅(三井住友FG 取締役会長)
評議員: 羽生 善治(日本将棋連盟棋士)、孫 泰蔵(Mistletoe Japan ファウンダー)