日本の産業とインフラを、その根源から支える「石灰」。滋賀県・伊吹山の麓に拠点を置き、80年以上にわたり高品質な石灰製品を供給し続けてきた近江鉱業株式会社。トヨタグループの特殊鋼メーカー、愛知製鋼株式会社の傘下にある同社の第107期(2025年3月期)決算が、2025年6月16日付の官報に掲載されました。「四方よし」の精神を掲げ、伝統的な石灰事業に加え、セピオライトという特殊粘土鉱物を活用した新事業にも挑戦する、老舗素材メーカーの経営状況と事業戦略の核心に迫ります。 ![]()

第107期 決算のポイント(単位:百万円)
資産合計: 4,159百万円 (約41.6億円)
負債合計: 988百万円 (約9.9億円)
純資産合計: 3,171百万円 (約31.7億円)
当期純利益: 133百万円 (約1.3億円)
今回の決算では、当期純利益として133百万円(約1.3億円)という堅実な利益を計上しました。総資産約41.6億円に対し、純資産が約31.7億円、自己資本比率は**76.2%**と驚異的な高さを誇ります。これは、実質的な無借金経営に近く、極めて強固で安定した財務基盤を有していることの証です。
さらに、資本金5,000万円に対し、利益剰余金が3,049百万円(約30.5億円)と、資本金の実に60倍以上にも達しています。これは、1944年の創業以来、長年にわたり着実に利益を蓄積し、強固な財務基盤を築き上げてきた歴史の重みを物語っています。
事業内容と今後の展望(考察)
【事業内容の概要】
近江鉱業は、単なる石灰石の採掘会社ではありません。伊吹山という良質な資源を基に、社会の様々なニーズに応える多様な製品を生み出す、総合石灰メーカーです。
総合石灰事業:
同社の基盤事業は、自社の鉱山(弥高採鉱所、小田採鉱場)で採掘した石灰石を、様々な製品に加工・販売することです。
・石灰石・砕石
コンクリート骨材や道路の路盤材など、土木・建築分野に供給。
・タンカル(重質炭酸カルシウム)
石灰石を粉砕・分級したもので、化学工業や農業、環境保全など幅広い分野で使用されます。
製鉄所の製鋼プロセスや、排ガス処理、土壌改良、食品添加物など、産業に不可欠な基礎資材として、多様な品質・グレードの製品をラインナップしています。
ミラクレー®︎事業(機能性材料):
1983年から研究開発に着手した、同社の第二の柱です。セピオライトという特殊な粘土鉱物を主原料とし、その優れた吸着性や揺変性を活かして、脱臭剤、除湿剤、ろ過助剤といった高付加価値製品「ミラクレー®︎」を製造・販売しています。これは、伝統的な石灰事業で培った粉体技術や焼成技術を応用した、イノベーションの成果です。
愛知製鋼(トヨタグループ)との連携:
1957年からトヨタグループの愛知製鋼の経営参加を受けている点も、同社の大きな特徴です。これにより、安定した経営基盤と、トヨタグループの持つ高度な品質管理手法(アイチ品質管理賞受賞など)や研究開発ネットワーク(豊田中央研究所との技術協力)という、他の中小石灰メーカーにはない強力なバックボーンを得ています。
【財務状況と今後の展望・課題】
第107期決算における1.3億円の純利益と、76.2%という驚異的な自己資本比率は、同社の事業がいかに安定しているかを物語っています。石灰は、鉄鋼、化学、土木、農業など、あらゆる産業にとって不可欠な基礎素材であり、景気の波は受けるものの、需要がゼロになることはありません。この安定した需要基盤と、長年の歴史で培った顧客との信頼関係が、堅実な収益を生み出しています。
30億円を超える巨額の利益剰余金は、同社が目先の利益に一喜一憂することなく、長期的な視点で設備投資や研究開発を行えるだけの体力を有していることを示しています。実際に、長岡工場の石灰焼成炉増設や、ミラクレー工場の新築など、継続的な投資によって生産能力と品質を向上させてきた歴史があります。
この「安定した石灰事業を基盤とし、トヨタグループの信用力を背景に、新規事業にも挑戦する」というビジネスモデルこそが、近江鉱業の最大の強みです。
しかし、その前途には乗り越えるべき課題も存在します。
第一に、「環境規制の強化と脱炭素への対応」です。石灰の製造過程(焼成)では、CO2が排出されます。世界的に脱炭素化への圧力が強まる中、省エネルギー化の推進や、CO2排出量の少ない新たな製造プロセスの開発は、企業の存続に関わる重要な課題となります。
第二に、「国内市場の縮小と人材確保」です。公共事業の減少や、人口減少に伴う国内市場の長期的な縮小は避けられません。また、鉱山や工場といった現場で働く、専門知識を持った人材の確保と育成も、地方のメーカーにとっては深刻な課題です。
今後の展望として、同社はこれらの課題に対し、その強みを活かして対応していくものと考えられます。
短期的には、排ガス処理能力を高めた「高反応消石灰」のように、環境規制の強化をビジネスチャンスと捉えた、高付加価値製品の開発・販売を強化していくでしょう。
中長期的には、「ミラクレー®︎事業」がさらなる成長エンジンとなることが期待されます。セピオライトの持つユニークな特性は、環境浄化材料、高機能建材、さらには化粧品やペット用品など、まだ開拓されていない分野への応用ポテンシャルを秘めています。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」に「従業員よし」を加えた「四方よし」の経営理念は、まさにSDGsの考え方と合致しており、ミラクレー®︎事業の成長は、この理念を具現化するものでもあります。
「社会になくてはならない企業」。80年以上の歴史を持つ老舗企業は、伊吹山の麓から、日本の産業、そして地球環境の未来を見据えています。その堅実で誠実なものづくりと、未来への挑戦に、今後も注目が集まります。
企業情報
企業名: 近江鉱業株式会社
代表者: 代表取締役社長 佐藤 公彦
事業内容: 愛知製鋼(トヨタグループ)傘下の総合石灰メーカー。伊吹山系の良質な石灰石を原料に、生石灰、消石灰、タンカルなどを製造・販売。また、特殊粘土鉱物セピオライトを原料とした機能性材料「ミラクレー®︎」の開発・製造も手掛ける。