「情報と商品と売場を科学し、リテール産業の新たな常識をつくる。」という壮大なミッションを掲げ、日本の「リテールメディア」市場を牽引する株式会社フェズの第9期の決算公告(令和6年12月31日現在)が掲載されましたので、その概要をピックアップし、事業内容と合わせて考察します。

第9期 決算のポイント(単位:百万円)
資産合計: 2,208百万円 (約22.1億円)
負債合計: 1,276百万円 (約12.8億円)
純資産合計: 932百万円 (約9.3億円)
当期純損失: 283百万円 (約2.8億円)
今回の決算では、当期純損失として283百万円(約2.8億円)が計上され、利益剰余金は▲2,880百万円(約▲28.8億円)と、累積損失が拡大しています。しかし、この数字だけで同社を評価するのは早計です。注目すべきは、純資産が932百万円(約9.3億円)とプラスを維持している点であり、その源泉となっているのが、3,712百万円(約37.1億円)という極めて潤沢な資本剰余金です。
これは、急成長を目指すスタートアップの典型的な財務戦略であり、2020年以降、複数回にわたって実施された大規模な資金調達(累計35億円超)で得た資金を、リテールデータプラットフォーム「Urumo」の開発や事業基盤の拡大に集中的に投下していることを示しています。現在の損失は、将来の市場を席巻するための「戦略的な先行投資」のフェーズにあると解釈するのが適切です。
事業内容と今後の展望(考察)
【事業内容の概要】
株式会社フェズは、米国で急成長し、日本でも黎明期から成長期へと移行しつつある「リテールメディア」市場の専門プレイヤーです。創業者の伊丹順平氏が、消費財メーカーの雄P&Gで学んだ「小売現場の本質」と、巨大ITプラットフォーマーGoogleで体得した「データの可能性」という二つの原体験を融合させ、この事業を創り上げました。
同社の中核をなすのが、国内最大級のリテールデータプラットフォーム「Urumo(ウルモ)」です。
国内最大級の購買データ基盤:
複数の大手小売事業者との提携により、約1億ID分という膨大なID-POSデータ(誰が・いつ・どこで・何を買ったかという購買データ)を一元的に管理・分析できることが最大の強みです。
メーカー・小売双方へのソリューション提供:
このデータ基盤を基に、メーカー向けには、購買データに基づき精緻なターゲティングと効果測定が可能な広告ソリューション「Urumo Ads」を提供。小売店向けには、データ分析やDXコンサルティングを提供します。さらに、生成AIを活用し、購買データを自動分析する「Urumo BI」など、最先端の技術開発にも注力しています。
広告×販促×店頭のワンストップ実現:
「Urumo」は、広告(情報)と、店頭の棚割りや販促施策(売場)をデータで繋ぎます。これにより、これまで分断されがちだったマーケティング活動を統合し、真に効果的な打ち手を導き出す「リテール産業の新たな常識」を創造しようとしています。
【財務状況と今後の展望・課題】
283百万円の当期純損失という数字の裏には、それを遥かに上回る成長への期待とポテンシャルが秘められています。
まず、事業を展開するリテールメディア市場の圧倒的な将来性です。消費者の購買行動がデジタルとリアルを横断する現代において、購買データに最も近い小売業者が広告媒体となる「リテールメディア」は、次世代のマーケティングの主戦場と目されています。フェズは、この巨大な成長市場において、中立的なプラットフォーマーとしていち早くポジションを確立しており、先行者利益を享受できる可能性が非常に高いです。
次に、強力なアライアンスネットワークが挙げられます。電通、住友商事、NTTドコモといった日本を代表する大企業との業務・資本提携は、事業の信頼性を担保するだけでなく、販売網の拡大、技術開発、データ連携において、他社が容易に模倣できない強力なシナジーを生み出します。
そして、「小売横断」という独自のポジションが、同社の競争優位性を際立たせています。単一の小売企業が展開するリテールメディアでは、その企業内でのデータしか活用できません。しかし、「Urumo」は複数の小売企業のデータを横断して分析できるため、メーカーは自社製品が市場全体でどのように買われているかを把握し、より俯瞰的で効果的なマーケティング戦略を立案できます。この中立性と網羅性が、フェズのプラットフォームの価値を飛躍的に高めています。
今後の展望として、最重要課題は事業の収益化と黒字転換です。潤沢な資金を背景にした先行投資フェーズから、プラットフォームの利用企業を着実に増やし、安定した収益モデルを確立するフェーズへの移行が求められます。「Urumo」の価値を市場に浸透させ、投資家の期待に応える成長曲線を描けるかが、当面の試金石となります。
長期的には、データエコシステムのさらなる拡大が成長の鍵を握ります。提携する小売事業者を増やすことはもちろん、決済データや位置情報データなど、多様なデータホルダーと連携することで、「Urumo」の分析精度と提供価値は飛躍的に向上します。これにより、単なる広告プラットフォームに留まらず、商品開発や需要予測、サプライチェーン最適化など、リテール産業全体のDXを支える不可欠なインフラとなることを目指します。
一方で、リスクも存在します。市場の成長性ゆえに、競争環境は今後ますます激化するでしょう。大手広告代理店や巨大ITプラットフォーマー、そして大手小売自身も、この領域への投資を強化してきます。また、膨大な個人情報を含む購買データを扱う以上、データセキュリティとプライバシー保護への取り組みは企業の生命線であり、万全の体制構築が常に求められます。
総じて、株式会社フェズは、リテールメディアという未来の巨大市場に、明確なビジョンと他に類を見ないデータプラットフォーム、そして強力なパートナーシップを武器に挑む、極めて有望なスタートアップです。現在の赤字は、未来の勝者となるための戦略的な投資であり、その挑戦は日本のリテール産業の未来を大きく左右する可能性を秘めています。その成長ストーリーから、今後も目が離せません。
企業情報
企業名: 株式会社フェズ
所在地: 東京都千代田区神田紺屋町15番地 グランファースト神田紺屋町3F
代表者: 代表取締役 赤尾 雄司
事業内容: リテールメディア事業を展開。国内最大級のリテールデータプラットフォーム「Urumo」を基盤に、小売事業者・メーカーのDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援するソリューションを提供している。